小説 3 新樹恋・前編 (桜花恋の続編・にょた・砂吐き注意) 6時間目の授業が終わる頃には、その車はあったらしい。 最初に「キャー」って声が上がったのは、他のクラスからで、それにつられるようにして、うちのクラスでも何人か、窓際の席の人達が声を上げた。 「格好いいー」 「誰のお迎え?」 「やだ、やっぱりお迎えかなー?」 どうやら、誰か男の人が、校門の外に車を停めているようだ。 私の席は廊下側だから、まるで見えなくてよく分からないけど……格好いい、らしい? 校門まで結構距離あるのに、どうしてそんな事がわかるんだろう? チャイムが鳴るのと同時に、皆が窓に鈴なりになった。 こういうの、やっぱり女子高だからだろうか。男の人が、すごく珍しい。 私も、ちょっとだけ見たいなと思ったけど、そんな風に窓に駆け寄るのは恥ずかしい。だから皆の背中をチラチラ見ながら、帰り支度を整えた。 仲の良いお友達と三人、ゆっくり校舎を出る。 「廉ちゃん、もうすぐ誕生日だねー」 「プレゼント、考えとくね」 「う、あ、ありがとう」 そんな会話を交わしながら、校庭をまっすぐ出て校門に近付く。 そこには、もう人だかりができていた。 積極的な女の子たちが、きゃいきゃいと話しかけている。 よほど格好いい人なんだろうな。 噂の車が、人垣の合間からちらっと見えた。 黒い、国産の高級、車………ん。あれ? ええっ? ぎょっとした。だって、見覚えがあった。 まさかと思って立ち止まる。 「あ……」 その人は背が高くて。だから、集まった女の子越しにも、しっかりと端正な顔が見える。 向こうからも同様だったようで、彼のタレ目がちな黒い瞳が、私の方に向けられた。 「廉さん」 心地の良い低い声が、私の名を呼んだ。 と同時に、そこに集まっていた皆が、一斉にこっちを振り向く。 キャー、と歓声が上がった。 隣にいたお友達が、両脇から私に肘打ちした。 痛い。 顔が熱い。 あっという間にたくさんの女の子に取り囲まれて、それからグイグイ押し出されるように、私は車の前まで連れられた。 「あ、の、何で……」 居たたまれない思いで訊くと、阿部さんが少し大きな声で言った。 「婚約者を迎えに来ては、いけませんか?」 キャー、と周りの皆が叫んだ。 私も心の中で、キャーと叫んだ。 なんて場所で、なんて事言うんだろう、この人は。しかも今、絶対わざと大声で言った。 幸い、明日は土曜日だけど。でもきっと月曜日には、学校中の噂になってるだろう。 ……婚約者、とか。 それは……ホントのことだ、けど。 私と、8歳年上の阿部さんは、家同士の決めた婚約者だ。 阿部さんは、ついこの間まで、私に対して冷たくて……だから私は、ずっと嫌われてるんだと思ってた。 でも、それが誤解だと分かったのは、先月の春休みの事。 愛してるって。結婚して欲しいって、ちゃんと言われた。……抱きたいって。 それで、それから。 それ以来、阿部さんはとってもやさしい。甘い笑顔をくれて、甘い声で私を呼ぶ。 「さあ、乗って」 阿部さんが車の助手席を開いた。 その優雅な仕草に、また皆がキャーと叫んだ。 恥ずかしい。 私が赤い顔で乗り込むと、阿部さんがふと身を乗り出し……私の唇に、キスをした。 「キャーッ!」 「キャーッ!」 皆が叫んでる。お友達も叫んでる。 ……私も叫びたい。 バン、と助手席のドアが閉められた。 真っ赤になった顔を、両手で覆ってると、すぐに隣の運転席に、阿部さんが乗り込んで来た。 くすくす笑ってる。 絶対わざとだ。 「ほら、シートベルト」 優しい声で意地悪く言われて、私は顔を隠したまま、じろっと睨んだ。 すると阿部さんは、おやって顔をして、それから意地悪く微笑んで……私に覆いかぶさってきた! キャー、と窓の外で、また皆が叫んでる。 咄嗟に目を閉じた耳元で、くすくす笑いを聞いた。 カチャッという音に目を開ければ、いつの間にかシートベルトがはめられてる。阿部さんが私の体越しにシートベルトを引っ張って来て、それで今、はめたんだ。 もう。何て事をするんだろう。 車がゆっくりと動き出して……私はようやく、ため息をついた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |