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小説 3
くろがね王と月の舞姫 5
 目を覚ましたのは、昼近くになってからだった。慌てて飛び起きたけど、下半身が重くて……特に一箇所が、痺れたように痛くて、また寝台の上に倒れ込んだ。
 まだ、王様の気配が残ってる。
 背筋がぶるぶると震えた。幸せなのか、不安なのか、分からなかった。それは、初めて人前で踊ったせいなのか、そのあと儀式を受けたせいなのか……どっちのせいなのか、よく分からない。
 ただ、夢じゃないことだけは確かだった。


「おめでとうございます」
 部屋に入って来た侍女が言った。
「お湯の用意ができていますよ。湯殿に行かれますか?」
 何がおめでとうか分からなかったけど、今すぐには歩けそうもなかったので、正直にそう言った。
「あらあら、陛下もお若いこと」
 侍女はくすくす笑って、「ではお待ち下さいね」と言って、出て行った。
 やがてすぐに、王様が入って来た。
 ドキン、と心臓が跳ねた。恥ずかしくて、近付く王様を見ていられなくて、両手で顔を覆う。真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもよく分かった。
「今更、何を照れてんだ」
 王様が笑って、オレを抱き上げた。その肩に縋ると、意地悪く囁いてくる。
「昨夜は、よかった」
「やっ……」
 イヤもダメも禁止。思い出して、オレは口ごもり、王様の肩口に額を押し付けた。
 王様は楽しそうに、ふふっと笑った。

 オレを湯殿まで運んだ後、王様は仕事に戻ると言って、去って行った。仕事を中断してまで、オレを運んでくれたんだ。嬉しいけど、申し訳なくて、恥ずかしかった。
 体のあちこちに、花びらのような痕が付いていた。王様が付けた痕だ。手首や太ももには、指の痕も付いていて、オレはカーッと赤くなった。
 お湯は少しぬるめだった。昨日はあまり長く入っていられなかったから、気を遣ってくれたのかな。だとしたら申し訳ないけど、でも気持ちいい。オレはゆっくりと足を伸ばし、湯船の壁にもたれて目を閉じた。
 けれど、こうしてぬくもりの中に身を委ねていると、王様を思い出してしまう。短い硬い髪を、すべらかな温かい肌を、たくましい腕を、広い背を……そして、オレの中に深く打ち込まれた楔を。

 パシャン。
 お湯の中で身じろぎをする。
 ガリガリの体を自分で抱き締め、ため息をつく。自分が何か、別のものに変わってしまったような気がして、仕方なかった。
 後悔じゃなくて……多分、戸惑い。そして不安。
 怖い。
「そろそろお体を洗いましょうね」
 侍女がやんわりと促した。オレが素直に湯を出ると、昨日とは違い、優しく体を洗われる。今日はそんなに汚れてないってことだ。
 またまたカーッと赤面する。
 つまり昨日は、とんでもなく汚れてたってことだ。だって自分でも、肌の色の白さにびっくりしたんだから。

「あ、のっ」
 オレは侍女たちに頭を下げた。
「昨日は、オレ、すごく汚れてて、ごめんなさい、でした。め、メーワク……」
「あら、いいえ」
「迷惑じゃないですよ」
「これが仕事ですからね」
 侍女たちは口々に言って、優しく笑った。
「久々の仕事らしい仕事でしたからねぇ」
「どなたかのお世話ができるのは、本当に嬉しいんですよ」
「心からお祝い申し上げます」
「おめでとうございます」
 それ、さっきも言われたけど……何が「おめでとう」なんだろう?
 そう訊くと、侍女たちは驚いたように顔を見合わせ、「やだわー」と笑った。


「ご結婚がお決まりになったお祝いじゃございませんか」


「えええーっ」
 オレは驚いて立ち上がった。
 一生王様に仕えるって……誓うって……そういう事だったの? 何で?
「け、け、け、結婚?」
 うろたえるオレをやんわりと座らせ、侍女たちは笑って、また言った。

「おめでとうございます、王妃様」

(続く)

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あきゅろす。
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