小説 3
この沼に底はない・後編
待ち合わせは最寄りの駅前に、午前8時。
練習試合に行くっつったら、まあ妥当な時間ではあるけど、デートにはちょっと早い気がする。
どこで何を買うつもりなのか知んねーけど、コンビニ以外はどこのショップも大概10時くらいが開店だろう。
「別にいーけど、早くねぇ?」
オレの言葉に三橋はぶんぶんと首を振って、「遅いくらいだ、よっ」って言った。
「ほ、ホントは、8時に現地、着くくらいでも遅い、って」
「はあ?」
8時でも遅いって……何だ、新鮮朝市か? 戸袋で?
「何時から始まるんだよ?」
そう訊くと、「11時」って言われて、更にビックリした。11時開店で8時到着、それでも遅いってどういう意味だ?
首をかしげてると、「行、こう」って手をきゅっと握られた。
「じ、実は、オレもよく知らな、くて。でも、今日は阿部君と、一緒だ、から……」
照れたように上目遣いで見つめられ、その可愛さに不満も吹き飛ぶ。
電車の方向の確認や乗換とか、もたつくことも多かったけど、それもまあ三橋らしい。教えてやるたび「阿部君、すごい」って言われて、満更でもなかった。
それに早く出発すりゃ、そんだけ長く一緒にいられるってことだしな。
目的の戸袋駅に着いたのは、9時少し前。
「こっからどうすんの?」
駅を出た後、困ったようにキョロキョロする三橋に目的地を訊くと、どうやらサンセットシティに行くらしい。
「だったらこっちだろ」
手を引いて先導してやると、「ふおお、スゴイ!」って感激された。
「く、詳しいね」
「そりゃ、デートコースとしちゃ定番だからな」
戸袋って言われた時点で、まず思いつくのはそこだろう。ちなみにアトラクションや、メシ食う場所の確認もしてある。
「さすが、阿部君。好きなだけある、ねっ」
どういう誉め方だと思ったけど、好きなのは事実だし、頼りにされると悪い気はしねぇ。「まーな」つって手を引いたまま、ビルの前まで早足で歩いた。
かつて日本一高かったこともあるっつーサンセットシティは、思った通りどの店も10時開店らしくて、シャッターの閉まってるとこばっかだ。
けど、それにしては意外と人通りが多い。
パラパラと小走りになってるヤツも多くて、まるで何か祭りでもあるみてーな雰囲気だ。
「こっち」
弾んだ声の三橋に誘導されるまま小走りで向かうと、やがてすげー行列があって、ビックリした。
「うわ、もうすごい、並んでるっ」
弾んだ声のまま、行列に並ぼうとする三橋。
なんでか女ばっかりが並んでて、何の列か分かんなくて、落ち着かねぇ。冷や汗をかきながらゆっくり周りを見回すと、男もごく少数はいるようだ。
そうしてる内にも、オレらの後ろにどんどん人が並んでく。
ビルの中へと続く行列は、階段までずーっと続いてるみてーで、どっから始まってんのか先が見えねぇ。
「……何、この集団?」
隣の三橋にこそっと訊くと、「同志のみんな、だよっ」って、照れくさそうに囁かれた。
同志、って。意味ワカンネー。
「は?」
訊き返すと、また耳元でぼしょぼしょと囁き返される。
「お、男同士の恋愛、好きなみんな、だよ」
「男同士の……」
囁かれた言葉を頭の中で繰り返し、目の前の行列を呆然と眺める。
女ばっかがうじゃうじゃ並んでる集団だ。男同士も何も、圧倒的に男女比に差があって、ゲイの集団とかじゃ有り得ねぇ。
何より落ち着かねーのは、周りからやけに注目集めてるっぽいことだ。
ちらっと視線を向けると、バッとわざとらしく逸らされっけど、そんなんじゃ誤魔化されようがねーし。気のせいじゃねーんだろう。
知らねぇ女どもの集団に、自然と囲まれた状況。くすくす笑われ、こそこそ話しながら見つめられ、ひやっと背中に汗が浮く。
オレの横で三橋も、恥ずかしそうに肩を竦めた。
「あ、阿部君が、い、一緒じゃない、と、1人じゃ来、れなかった」
じわーっと顔を赤らめながら言われ、上目遣いに見つめられ、手をぎゅっと握られる。
「だから、ありがとう、阿部君っ」
って。キラキラ笑顔を捧げられ、くそっ、と思った。くそ可愛い。
きゃあ、と地団太踏みながら歓声を上げる「同志」の反応に、オレの顔もじわじわ熱を持ってきた。分かった。分かりたくなかったけど、なんか分かった。
腐ってんじゃねーか!
大声でわめきたくなんのを必死で抑え、目を閉じて頭を抱える。
ちょっと待て。
もしかしてこれ、デートじゃなくねぇ?
ざーっと血の気が引くような気がしたけど、どう思い返しても、どこをどう間違ったのか思い出せねぇ。
男同士の恋愛に忌避感がねぇのは結構だけど、そういう問題じゃなさそうだ。
腐ってんのはともかく、何か話がずれてる気がして仕方ねぇ。
オレとしては、たまたま好きになった相手が男だっただけで、別に男が好きって訳じゃねーんだけど……三橋にとってはどうなんだ?
いや、でもオレ三橋に、「大好き」って言われたよな? あれって何?
「……お前、大好きっつたよな……?」
力なく訊くと、「うんっ」って自信満々にうなずかれた。
「阿部君、は、どういうの好き?」
「どう、って……はあ?」
逆に訊かれても、返答に困る。
ナデポがどうとか、アゴクイが何とか、トシシタワンコとか、セミドンとか、ジョソウゼメとか、エムエルとか、意味がワカンネー。マジ、意味がワカンネー。
MLってメーリングリストか?
ナデポって、なで肩のシガポ?
血の気が引き過ぎて、頭が痛ぇ。訳の分かんねぇ言葉を口にしながら、にこにこ笑ってる三橋が可愛い。
可愛いと思ってる時点で負けてて、魅了されて目眩がする。
野球の話とか、勉強の話とかでそういう顔見せてくれりゃいーのに。なんで今なんだ?
やがて10時を過ぎ、11時になり、列がゆっくりと動き出す。
「ドキドキする、ねっ」
腕をぐいっと絡められ、「あー」と冷静に返事する。
どういう目で見られてるか、悟ったからには赤面もしねぇ。肩をぐいっと抱き寄せて、スキンシップを倍にして返す。「きゃあ」と騒がれても今更だ。
「もうっ、阿部君っ」
可愛く文句を言われたけど、開き直んなきゃやってらんねぇ。
実際に会場に入ると、売られてる実物にギョッとしたけど、オレらだって「同志」だし。周りみんな、腐ってる連中ばっかだと思えば、気まずさなんか吹き飛んだ。
本、本、本の山の積まれたスペースを、女どもの頭越しにぐるっと見回す。
ガッツリエロいのは高校生じゃ買えねーみてーだけど、表紙眺めんのは自由だし。全年齢向けのだって、際どいのも結構多い。
「い、一部くだ、さい」
真っ赤な顔して、ドモリながら、薄い本を買ってく三橋。
「何買ったんだ?」
横から取り上げてざっと開くと、逃げてる男を男が捕まえ、抱き締めて強引にキスしてた。
「こういうの好きなの?」
ズバッと訊くと、赤い顔がますます赤くなって、悔しいけど可愛い。腐ってても三橋は三橋で、やっぱ好きだなと思った。
で、そんな三橋が好きなのは、追いかけて追い詰めて、強引にって?
「だ、だって、現実的じゃない、でしょ」
赤い顔でぼそぼそ告げられ、「へーえ」と応じる。現実的じゃねーと思うなら、現実にしてやるまでだ。覚悟しろ。
「ほら、次買いに行くぞ」
アゴクイとやらで上向かせ、顔を覗き込み、ニヤッと微笑む。
「あ、あ、阿部君、ノリノリ過ぎ、だよっ」
前にも同じこと言われたなと思ったけど、好感触っぽいし、教科書はいっぱいありそうだし、研究し甲斐はありそうだ。
「好きだ、っつっただろ」
耳元で囁いて、そのままそこにキスを落とす。
「ふわあああ、もおおおおっ!」
真っ赤な顔で奇声をあげ、三橋が1mくらい離れたけど、そんな距離詰めんのはすぐだし、追い詰めて欲しがってるみてーだし、ためらう理由がなかった。
何より、そんな仕草もどうにも可愛く思えるんだから、オレだって覚悟を決めずにはいられねぇ。
このままこの沼に、耽溺するしかなさそうだった。
(終)
※真米様:150万打キリ番Get、おめでとうございました。「腐男子三橋に告白する阿部、すれ違い」でしたが、楽しんでいただけたでしょうか? かなり加筆修正しましたが、「ここをもっとこんな風に」などのご要望があれば修正しますので、お知らせください。ご本人様に限り、お持ち帰りOKです。素敵なネタをありがとうございました。
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