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小説 3
係長とオレと新入社員・2
 3年目になって一番変わったのは、1人で外回りを任されるようになったことだ。
「まあ、まだまだ1人前には遠いけどな」
 阿部係長はそんな風にからかいつつ、「頑張れよ」って言ってくれた。
 新人の頃は「阿部さんとこの子」なんて言われてたオレだけど、最近はちゃんと名前で呼ばれるようになってたし、担当区域が変わる訳じゃないから、そんなに不安には思わない。
 ただ、秘密のデート気分で係長と一緒に営業車に乗ったり、外回りのついでにお昼を食べたりすることが減っちゃって、そこがちょっと不満だった。
 そりゃ、会社は遊びに来てるんじゃないんだし、仕事優先なのは当たり前なんだけど、正直言うと物足りない。
「外回り、行って来、ます」
 阿部係長に声を掛けてから、ホワイトボードのオレの欄に、「外」と書く。
 今までずーっと空欄だったオレの下には、「石浪」って後輩の名前が書かれてて、それを見ただけでどよんとした。
 名前がイシナミ君だってのは分かってるけど、ホワイトボードを直視できないもんだから、イマイチ漢字を覚えてない。フルネームも覚えてない。

 一方の阿部係長はっていうと、別の区域を新しく担当するようになったみたい。
 うちは中堅のスポーツ用品の卸業者で、主な取引先は、スーパーやデパートのスポーツコーナーとか、街角のスポーツショップとか。
 中でも特に郊外型の大型店舗は、扱う商品も多種類で大量で、「営業の花形」って呼ばれてる。
 上層部からのてこ入れで、優秀な阿部係長が、4月からその花形部門に関わるようになっちゃった。
 これで成績を上げれば、課長昇進もきっと遠くない。すごいなぁってしみじみ思った。
 受け持ち区域に目を配りつつ、新人研修にも関わって……その上で、後輩の新人にも目を掛けて、大変、だ。毎日毎日忙しそうだし、「オレに構って」なんてワガママも言えない。
 今も、例の新入社員のデスクに寄って、パソコン画面を眺めながら指示してる。
 ……オレが「行って来ます」って言ったの、聞こえてるかな?

 ちらっと係長の方を見ると、イシナミ君の方と目が合った。
「あっ、三橋さん、行ってらっしゃいです」
 よく通る声で送り出されて、胸の奥がちくっと痛む。キミじゃなくて、なんて失礼なことも言えない。
「よそ見すんな!」
 阿部係長のびしっと注意する声に目をやると、係長は彼の短い頭に両手を当てて、ぐいっとパソコンを見させてた。
「わっ、すみません!」
 慌てて謝る新人君。パソコン画面を一緒に眺める係長。ただの職場のよくある光景だと思うのに、仲良さそうで見てらんない。
 出入り口で突っ立ってると、阿部係長にじろっと睨まれ、しっしっと手を払われた。
 早く行けって意味だって分かってるけど、ガーンと来た。オフィスを逃げるように飛び出して、営業車に乗り込み、シートベルトをパチンとハメる。
 嫉妬したってどうしようもないのは分かってるのに、煮詰まってるなぁって自分でも思った。


 セールの手伝いを、って取引先の店長に言われたのは、3件目に訪れた店だった。
 地下街にあるスポーツショップで、テーピングやリストバンドみたいな小物から、シューズやウェア、スポーツバッグまで揃えてるトコだ。
 セールっていっても地下街全体のセールで、年に数回のその時期は、お祭り騒ぎになるみたい。抽選券配ってガラポン抽選したり、ラジオの生放送やったり、有名人が来たり。
 オレも去年までは係長と組んで、セールの手伝いを頑張った。
 っていうか、オレたちが付き合い始めたのも、そういえばこの店のセールがきっかけだったから、考えてみれば懐かしい。
「うお、もうそんな時期、です、か」
 店長にうなずいて、ポケットから大き目の手帳を取り出す。
 日時を聞いて手帳にチェックを入れながら、楽しみでじわっと頬が緩んだ。
 セールの前日は準備に駆り出され、終電を逃すのが毎度だったけど、大学の学祭前夜みたいで、いつもそれなりに楽しかった。
 セール後の飲み会も楽しみだ。

「三橋君、また頼りにしてるよ」
 店長に言われて、「はいっ」とうなずく。
 セールの準備を手伝えば、その分、自分とこの商品をいい位置に並べたりできるし、「売れ筋ですよ」って新入荷も進めやすい。
 オレみたいなへっぽこ社員でも、そこそこの成績が取れてるのは、こういうセールのお陰かも知れない。
 勿論、他の卸さんやメーカーさんだって準備に参加するんだけど、その辺は持ちつ持たれつだ。共同作業も苦じゃないし、名前も覚えて貰って、いろんな話が聞けて、勉強にもなる。
 自信を持って動けるのは、新人の頃から連れ回してくれた、係長のお陰、だ。
 最近すれ違い気味だけど、「セールですよ」って言ったら会社にいる時でも、もうちょっと楽しく話せるかな?

 けど、浮かれかけた気分は、現実を思い出してしゅわしゅわとしぼむ。
「今回、阿部さんは?」
 店長の言葉に、ドキッとした。ただでさえ多忙な係長が、担当を外れた店のセール準備に、顔を見せられるハズもない。
「き……訊いてみ、ます」
 一応即答は避けたものの、多分不参加だろうなって、訊かなくても予想がついた。
 そもそもオレの独り立ちだって、係長の負担を減らすのが目的だ。いや、直接そう言われた訳じゃないけど、女子の先輩から、そうらしいって噂を聞いた。
「できたらもう1人くらい、人手が欲しいなぁ」
「わ、かりまし、た」
 店長の希望に、こくこくとうなずく。
 オレ自身、何度か準備を手伝ってきたから、力仕事が多いのも分かってる。もし人数が増えなくても、その分気合入れて、在庫運びを頑張りたい。

「それから毎度で悪いけど、販促何か頼める?」
 店長の要望に、さっそくビジネスバッグから販促グッズのパンフを出す。
 この場合の販促グッズは、お買いものされたお客さんに渡す、小さなおまけのプレゼントだ。
 店側からも用意するけど、オレたち卸やメーカー側も用意する。各社で持ち寄れば結構な数になって、負担は少なく満足度は大きい。
 これも全部、係長から教わったことだ。パンフを常にカバンに入れて、いつでも出せるよう準備するのも。
「ネックストラップ、か、反射板シール……圧縮ミニタオルとか、どう、です、か?」
 パンフを開いて店長に見せると、「用意がイイねぇ」って誉められた。
「さすが、阿部さんの後継だね」
 係長の名前を出されて、じわじわ顔が熱くなる。
 ペアで営業に出る機会は減ったけど、当たり前のようにパートナーだって思われてたら嬉しい。お世辞でも嬉しい。
 教わるばっかで、迷惑かけてばっかだけど、もっともっと頑張って、係長からも認められたい。

「あ、新商品のパンフ、も、どうぞ」
 カバンから他のパンフも取り出して、おすすめ商品の営業も進める。
「セールでも、売れると思い、ます」
 オレのプッシュに店長は笑って、「阿部さんに似て来たねぇ」って頭をかいた。

(続く)

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