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小説 3
forgive and forget・11 (完結)
 ヘルプ指名されたレンが顔を見せると、オレの隣に座ってた客が、「きゃあーっ」と甲高ぇ歓声を上げた。
「レンくーん、風邪治ったの? おめでとぉー!」
 担当のオレを差し置いて、レンの頭をぐりぐり撫でる図々しい客は、前にあのボロアパートに同行したキャバ嬢だ。
 仕事で飲んできた後なんだろう。店に来たばっかだっつのに、もうほろ酔いでテンション高ぇ。
 けど、それはレンの方も同じで、いつもより緩い顔を真っ赤に染めて笑ってる。
「へ、ヘルプ指名、ありがとござい、ます」
 嬉しそうに礼を言う、その口調もかなり緩い。
 ヘルプ指名っつーのは、文字通り、ヘルプにつくホストを指名すること。本来の指名より安いけど、一応指名料金も入る。
 まあレンの場合、オレを指名すりゃもれなくついて来ることにはなってっけど、わざわざ指名してやんのは、ご祝儀の意味もあるんだろう。

「カバライキンはどうなったの?」
 客にこそりと訊かれ、「ああ」とうなずく。
「弁護士センセーに任せた。まあ、多分大丈夫だろ」
 優しーじゃん、とからかうように囁きながら、向こうのテーブルのヘルプに座る、弁護士ホストをちらっと見る。
 警察への手続きも全部やってくれた辰は、勿論過払い金請求の件も、着手金なしで引き受けてくれた。
『成功報酬でいいよ』
 頬骨の目立つ温和な顔で、ふふふと黒く笑う様子は、胡散臭ぇを通り越してちょっと怖い。オーナーも松崎もそうだけど、敵に回したくねぇ人種だ。
 オレが割ったガラスの交換も、管理の悪いアパートの大家への陳情も、いろいろやってくれたらしい。
 頼りになんのは事実だし、オレが代わりにってのは御免だし、こういうのはやりてぇヤツがやりゃぁいい。
 レンが懐くのも、無理ねぇように思えた。

 詳しいことはよく知らねぇけど、過払い金が戻って来るまでには、早くても3ヶ月はかかるらしい。ただ、業者自体が悪徳だから、こっちの方が有利だと……黒い笑みを浮かべながら、弁護士センセーが言ってた。
 その胡散臭ぇ頼もしさにも呆れるけど、レンの無防備な愚かさにも呆れる。
 あんだけ怖い目に遭っときながら、コイツはまだあのボロアパートに住んでるらしくて、度胸があんのかバカなのか、考えてることがワカンネー。
 うちの店には一応寮もあるっつーのに、なんで入んなかったんだろう?
「レン君、何食べる?」
「ふ、フル盛り」
 客ににへっと笑いかけ、遠慮がちにフードをねだるレンを、じろっと睨む。
 単価も高く利益率もいい、フルーツ盛り合わせのオーダーを煽んのは、オレが教えたことの1つで、この業界の常識だ。
 決してレンが、フルーツ好きって訳じゃねぇ。つーか今日1日で、コイツが何皿餌付けされたのか、もう把握しきれねぇ。
 けど、そんだけ食ってんのにもかかわらず、嬉しそうなのは相変わらずで。
「レン君って、いつも美味しそうに食べるよねぇ」
 客ににこにこ笑いながら言われる度、食い過ぎだろってムカついた。

「お待たせ致しました」
 白シャツに黒ベスト、黒蝶ネクタイの「黒服」が、静かにフル盛の皿を持ってくる。
「レン君、食べたい? じゃあ、その前にまずは、約束のドンペリね」
 にこっと笑いながら、客がオレの腕にしがみつく。
 媚びるような目線。わざとらしく脚を組み替える仕草も、相変わらず蠱惑的で、打算的だ。
 挑発するように、レンにも流し目送ってんのにはムカッとするけど、ドンペリ入れてくれんなら文句はねぇ。
 黒服の花井に目配せし、ドンペリとマイクを用意させる。
『ドンペリ入りまーす!』
 マイク越しの声に、「おおーっ」と騒ぎながら集まってくるヘルプたち。その後、マイクを渡されんのは、勿論レンだ。
 「無理です」なんて遠慮は当然、許されねぇ。酔いに赤らんでた顔が、緊張でますます赤くなる。

 周りのホストが「はい、はい、はい、はい」と盛り上げつつ、レンを急かす。煽られたレンは、覚悟を決めたように大きく息を吸い込んだ。
『うっ、う』
 さっそくドモってるレンのシャンコは、いつもいつも見られたモンじゃねぇ。けど――。
『う、麗しきっ(はい)、姫様のっ(はい)、ご、注文(はい)、いた、だきます(はい)』
 真っ赤な顔してマイクを握り、必死に声を張り上げる様子には、頑張れよって応援しねーでもなかった。
 手拍子付きで盛り立てるヘルプ。にこにこ嬉しそうに聞いてる客。その横に座り、ソファにもたれながら、正面に立つレンを見る。
『今夜は姫、様(絶好調!)、お店のみんな、も(絶好調!)、シャンパン、飲ん、で(絶好調!)、朝まで騒い、で(絶好調!)』
 レンの声に合わせ、合いの手を入れる周りのホストも、みんな笑顔で絶好調だ。
 ポンッ、とわざと音を立てて栓が抜かれ、人数分のグラスに適当にドンペリが注がれた。

『姫様、一言どぉ、ぞっ』
 湯気が出んじゃねーかってくらい、真っ赤な顔したレンが、客の前にマイクを向ける。
『タカ君、大好き〜!』
 客の甲高い嬉しげな声が、マイクを通してうわんと響いた。
 シャンコの終わり、客の一言をひゅーひゅー囃し立てながら、グラスを空にしたヘルプが元の卓に散っていく。
 途中でつっかえてたものの、あんだけできりゃ上等だ。「やればできんじゃん」なんて、客の前で誉めてやんのはどうかと思うけど、頑張ってんのは見りゃ分かる。
 客の女に抱き付かれ、頬へのキスを甘んじて受けながら、オレは足下のレンにニヤッと笑った。


 レンの風邪の原因は、オレっつーより、栄養失調って可能性もあったんじゃねーだろうか。
「フル盛りばっかで腹減ってんだろ。この後、ラーメン奢ってやるよ」
 閉店後、片付けしながらレンをメシに誘ったのは、しょぼい冷蔵庫の中身を見たからだ。もやしと竹輪って、なんだアレ。もうちょっと肉付きがよくなりゃ……、いや。
 ようやく脳裏から消えた残像、白い細腰を思い出しかけ、いやいやと首を振る。
「ふおおっ、ら、ラーメンっ」
 よだれ垂れそうな緩んだ顔で、嬉しそうに笑う後輩には、やっぱ色気のカケラもねぇ。
 ホントは肉食わした方がいーのかも知んねーけど、もう夜中だし、酔い覚ましにはラーメンだろう。
「じゃあ、支度終わったら待ってろよ」
 素直に「はい」と返事するレンに、「おー」とうなずく。

 けど、レンにもっと栄養を、って思ってたのは、オレだけじゃねーらしい。
「レーン、この後みんなでメシ行こうぜーっ!」
 悠一郎がダダッと駆け寄って来て、ぐいっとレンの首に腕を回した。
「み、みんな、で?」
「おー、寮の近くに美味ぇトコあるんだ」
 悠一郎の誘いにデカい目を見開き、オレの顔を見るレンに、モヤッとする。
 オレの方が先約だろっつの。オレと悠一郎とを見比べる、その態度にもムカつくけど、次のセリフにもムカついた。
「で、で、でも、オレ、タカさん、と、アフター……」
 って。
「アフターじゃねーよ!」
 思わずツッコミ入れながら、目の前の猫毛頭をボカッと殴る。

 ぎゃははは、と指差して笑う悠一郎、涙目のレン。
「こら、ケンカすんなー」
 声かけてくる花井を睨み付け、苛立ち紛れにため息をつくと、レンが頭を抱えながら、上目遣いでぼそっと訊いた。
「あ、アフターじゃなかったら、何です、か?」
 涙でうるんだデカい目に、ドキッとする。
 けど、コイツはあくまでも教育係を引き受けた後輩だし、男に突っ込む趣味はねーし、アレはなかったことにしたんだから――。

「ただのメシだろ」
 そう言ったオレの見解に、多分間違いはねぇと思った。

   (終)

※ニコル様:キリリクありがとうございました。「ホストアベミハで、一夜の過ちをなかったことにしようという阿部、翌日三橋の家を訪れて借金を知り……」でしたが、楽しんでいただけたでしょうか? 今回、裏設定などを詳細にご連絡いただけたので、とても書きやすかったです。「この辺をもうちょっとこんな感じで」などご希望がありましたら、お知らせいただければ修正します。改めまして、1414213Hitおめでとうございました。ご本人様に限り、お持ち帰りOKです。

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