小説 3
forgive and forget・6
「あ、灯りは点けない、でくだ、さい」
部屋に入るなり、レンが言ったのはそんなセリフだった。
熱でふらつきながら、言うことはそれか――って感じだけど、どうやら借金取りにしょっちゅう襲われてるみてーで、居留守使ったのもその為らしい。
ドアに蹴った痕があると思ったのは、どうやら間違いじゃねぇようだ。
「どんなヤベェとこから金借りたんだよ、てめぇ」
呆れたようにため息をつくと、「ともっ、だちっ」って言われた。
ケータイのライトを頼りに部屋を見回し、敷きっぱなしの薄っぺらい布団にレンを寝かせる。
「灯りを外に漏らしたくねーなら、遮光カーテン逆にかけろ」
取り敢えず、ありったけの服を窓際に吊るして、ドアの魚眼レンズもガムテで塞ぐ。
応急処置っぽくて不完全かも知んねーけど、真っ暗ん中でぼそぼそ話すのは御免だった。
明るくさせた部屋ん中には、タンスもテーブルも何もねぇ。どこでメシ食ってんのかつったら、体育座りしたヒザの上だって言われた。
信じらんねーくらいボロいアパート、家具のねぇ部屋、タチの悪そうな借金取り。どんだけ金に困ってんだ?
「で? 友達って、借金取りがか?」
「ちがっ、か、借りたのは友達、で……」
げほげほと咳き込みながらの説明に、はぁーっ、ともっかいため息をつく。
「まさかてめぇ、よく考えもしねーで保証人になったんじゃねーだろーな?」
低い声で訊くと「うっ……」と黙りこまれて図星を悟る。
つまりレンは、他人の借金背負って追い込まれてるってことで、そのバカげた境遇にいい加減呆れた。
「その『友達』は?」
「お、親にお金借りに行ったっきり、れ、連絡取れなく、て……」
って。何だソレ!?
「その親って、どこ住んでんの?」
念の為訊くと、「カリマンタン」って。意味ワカンネー。
「どこだそれ!? っつーか、そんなのウソに決まってんだろ。有り得ねぇ!」
「うえっ、ううう、ウソ?」
オレのツッコミに、思いっきり動揺するレン。信じらんねーって顔してるけど、信じる方がどうかしてんだろ。大体、どこだカリマンタンって。
「もー、レン君面白ぉい」
客の女はケラケラ笑ってっけど、笑いごとじゃねーだろっつの。
借金は残り500万あるらしい。そんな大した額でもねーじゃんってちょっとだけホッとしたけど、最初に借りたのは20万だって聞くと話は別だ。
「り、利子払うので、精一杯、で」
って。そりゃそうだろーなと、さすがに顔が引きつった。どんだけ暴利だ。違法じゃねーのか?
「さ、最初、は、体で払えって言われたん、です」
衝撃の言葉に絶句する。
「ええーっ、サイテー!」
そう言ったのは、客の女だ。ぎゅっとレンの手を握る仕草にムカッとしたけど、理不尽な要求の方がもっとムカつく。
「払ったのか?」
思わず低い声で訊くと、ぶんぶんと首を振られた。
「オレ、い、意味が分かんなく、て。それで、お、お金で」
「レン君目当てなんじゃなーい?」
ごにょごにょと告げられるレンの説明に、女が甲高い声を出した。
「レン君可愛いもんねぇ」
布団に横たわるレンの頭を、女がよしよしと優しく撫でる。照れ臭そうに「うへ」って笑うレンを見て、女連れて来たことを後悔した。
「なかったことに」とは言ったものの、万が一「責任とって」とか迫られたらどうするかって警戒してたのがバカみてーだ。妙な雰囲気になんねーよう、保険かけたつもりが邪魔だった。
「おい、タクシー拾ってやっから、そろそろ帰れ」
女に声をかけ、ぐいっと手を引いて立ち上がらせると、「ふふっ、嫉妬?」って嬉しそうに笑われた。
女ってのはどうしてどの客もこの客も、すぐに「嫉妬?」って喜ぶんだろう。色恋営業してるつもりはねーっつーのに、理解できねぇ。
それを真に受ける、駆け出しホストも理解できねぇ。
「うおっ、で、デート中にすみま、せん」
って。高熱出してんのに、わざわざ起き上がって謝ったりすんじゃねーっつの。
「デートじゃねぇ、アフターっつーんだよ」
「アフ、ター?」
「営業時間後に、出掛けたりメシ食ったりすることだ。っつーか、なんでそんなことも知らねーんだよ!」
ベシッと軽く叩くと、「うおっ」とレンが首を竦める。直後、げほげほと咳き込まれて、文句言う気分じゃなくなった。
「もおータカ君たら。レン君、病人なんだからね?」
女は怒ったフリでそう言って、ピンクのシャネルの財布から万札を1枚取り出した。
「じゃ、レン君。これお小遣い。美味しいモノ食べて、早くお店出てね。お祝いにドンペリ入れるから」
レンの手をぎゅっと握り、万札を握らせんのを見てムカッとしたけど、ここは文句言う場面じゃねーだろう。
「優しーじゃん」
ニヤッと笑いかけ、一瞬だけ肩を抱いてやると、客の方もノリノリで「もっと誉めて」って言って来た。
「さすがオレのエース、頼りになるな」
長い髪を撫で、そっと背中を押して狭い玄関の方に促す。
「後で戻って来るから、鍵かけんなよ」
ポケットから薬袋を取りだし、投げ渡しながらクギ差すと、レンは「は、い」と神妙な顔でうなずいた。
外に出ると、相変わらずアパートの周りは真っ暗だった。
路地の向こうの明かりを頼りに、なんとか大き目の通りに出る。流しのタクシーを手ぇ上げて拾い、タクシーチケットを1枚渡して、「じゃーな」と女を送り出す。
「聞いたことあるだけで、私もよく知らないけどぉ、カバライキンとか何か、あるんじゃないの?」
別れ際に客に言われて、「ああ」とうなずく。
カバライキン、過払い金。CMか何かでよく聞く気がするけど、オレも正直、よく分かんねー。
こういうのって、誰に相談すりゃいーんだろう? 弁護士? んなヤツ、客にいたかな?
文貴みてーに顔が広けりゃ、1人くらい知り合いもいるんだろうか? けどアイツ、レンとは違った意味でバカだからな……。
いい案はねーかと考えながら、ふらっとコンビニに寄り、風邪によさそうなモンを適当にカゴに放り込む。
プリンにアイス、レトルトの塩粥、冷却シートに栄養ドリンク……と来たとこで、松崎の顔がふっと浮かんだ。
『掘っちゃったの?』
下世話な会話を思い出し、ムカーッと不快指数が跳ね上がったけど、少なくとも人脈は広そうだ。
けどまあ、それも明日だな。
ぶるんと強く頭を振って、無駄に爽やかな白衣の男の顔を打ち消す。
会計を済ませ、ボロアパートまで走って帰ると――。
「タカ、さん。なん、で……?」
レンに不思議そうに見上げられ、その頼りなげな様子に、胸の奥がざわついた。
(続く)
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