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小説 3
forgive and forget・2
「もしもし、タカだけど。てめー、ふざけんなよ」
 馴染みの客に電話すると、『えー、何のことー?』って、とぼけたセリフが返って来た。きゃらきゃら続く笑い声に、ちっ、と小さく舌打ちする。
 媚薬盛った犯人じゃなかったのか、それともしらばっくれてるだけか、電話だけじゃ判断つかねぇ。
 向こうも同じ水商売、男を手玉に取るキャバ嬢だから、のらりくらりはお家芸だ。そんな女相手に真剣に向き合う程、オレも暇な訳じゃなかった。
 苦情半分、もう半分は営業だ。
「まあいーや。たっぷり説教してやるから、今日も来いよ」
『えー、ホントー?』
「待ってんぞ」
 一方的に言って、ぶつっと通話を切る。客を甘やかすのは月に数回、へこんでそうな時だけに限ってた。

 同じ店に務めるホストの中でも、主義主張や接客モットーはそれぞれだ。
 例えば文貴ってヤツは、客をとことん甘やかす。誉めておだてて笑顔を向けて、名前に「姫」つけて呼んで、大事にする。誰にでも優しくて、誰にでも平等だ。
 悠一郎やユウトみてーに、友営、つまり友達営業が得意なヤツもいる。誰にでも友達感覚で接して、愚痴聞いて笑い飛ばして励まして。
 男前を売りにして、硬派気取ってるヤツもいるし、インテリ気取ってるヤツもいる。金払いのいい太客に「お前が本命だ」って囁く、本営――本命営業してるヤツもいる。
 営業の仕方に正解も王道もねぇ。誰を不義理だって責めることもできねぇ。
 ホストなんてやってる男はみんな不義理に決まってるし、客の女たちだって、ちゃんと分かって通ってる。
 オレについてる常連もそうだ。
 たまにしか優しくしねぇ、たまにしか甘やかさねぇ、そういうやり方を好む客もいる。ただ少数派なのは確かで、オレの成績も上位じゃなかった。

 アドレス帳を開き、続いて別の客にも電話を掛ける。
「もしもし、タカだけど。起きてたか?」
 平日の午前11時、こんな時間に電話に出れんのは、大抵夜の商売の女たちだ。キャバ嬢やホステスなんかは上等な方で、イメクラの嬢もいりゃヘルスの嬢もいる。
 勿論、普通のOLもいる。
 定価1万円の酒が、10万以上で出されるようなホストクラブに、普通のOLの稼ぎで、どうやって通ってんのかは知らねぇ。オレらはただ、誘い込むだけだ。
「最近、顔見ねーじゃん。どうした、風邪でもひいたのか? 温めてやるから、店来いよ」
 電話の向こうの『ええー』って声に、余裕のフリでふんと笑う。
「あんま来ねーと、顔忘れちまうぞ」
 優しくしたり、突き放すフリして煽ったり。店であんま甘やかさねー分、電話での甘言はサービスだ。次々客に電話をかけて、店に来るよう営業する。

 たまには持ち上げてヨイショもする。
「寂しーだろ。エースのお前がいねーと、盛り上がんねーよ」
 エースとは業界用語で最上客、つまり最も金払いのイイ客のこと。稼ぎ頭のホストを「店のエース」って呼んだりもするけど、この場合は客の方だ。
 実のとこ、この客は太客ではあるものの、最上じゃなかった。けどそんなコトは、店の人間にしか分かんねぇ。ささやかな言葉で気分良くなって、金さえ落としてくれりゃいい。
「じゃーな、今夜待ってる」
 何本目かの営業電話を終え、ケータイを耳から離すと――ようやく目が覚めたらしい。布団の山が、もそりと動いた。

「おー、起きたか」
 布団をはがして声をかけると、「は……い」と頼りなげな声がする。
 目を擦りながら起き上がる仕草も、頼りなくてあどけない。噛み痕やら何やらが色濃く残る白い裸身は、男に興味なくても目の毒だ。
「う……っ、痛っ」
 息を詰めて倒れ込んでんのは、間違いなくオレのせいで、それ見りゃちょっとは、悪ぃなと思わなくもなかった。
「無理すんな、っつっても出なきゃいけねーしなぁ。動けそうか?」
 寝癖の付いた髪をぽんぽん撫でてやると、レンがぎくしゃくとうなずいた。
 カーッと赤くなってて、意識してんの丸分かりだ。さっさと話し合いしねーとなぁ、と思いつつ、面倒臭くてため息が出る。
「とにかく、シャワー浴びて来な。着替えてメシ食いに行こうぜ」
 手ぇ貸してベッドから降ろさせ、バスルームに連れて行く。レンは最初、がくっと足から崩れてたけど、なんとか踏ん張って歩いてた。


 どこのラブホで寝たのかと思ったら、どうやら店からそう遠くねぇ場所だったみてーだ。
「昨日のこと、覚えてるか?」
 歩きながら話してると、じきに知ってる道に出た。
 昨日と言いつつ、夜の営業が終わんのは0時だから、ホテルに連れ込んだのは日付変わった後だけど、細かいことはどうでもいい。
「やっぱオレが誘った?」
 念の為に訊いたら黙ってうなずかれて、やっぱりか、と天を仰ぐ。客に手ぇ出すのも問題だけど、同じ職場で働く同僚、しかもホスト仲間に手ぇ出しちまうのも問題だ。
 事実、元からあんまホストらしくねぇヤツだったけど、今日は特にキョドリ方がヒデェ。
 店ん中でギクシャクすんのは御免だし、男の機嫌取るシュミはねーし、早めにクギを差しとくに限るだろう。
 レンの背中を押し、適当なカフェに入ってランチを頼む。

 平日のランチタイム、小洒落たカフェには女たちがいっぱいだ。ちらちら視線を向けられてっけど、そこで愛想振りまくのはキャラじゃねぇ。
 声かけられりゃ名刺渡すし、アドレス交換も拒否はしねーけど、あくまで営業用のケータイだ。
 文貴みてーなヤツが一緒なら、笑いかけたり手ぇ振ってやったりもするんだろうけど、レンにそこまではできねーらしい。恥ずかしそうにうつむいて、小さくなって震えてる。
 良くも悪くもまだ新人。オレらみてーに、スレてねぇ。よく見りゃキレーな顔してるし、色気もあるし、その内人気は出そうだけどな。
 間もなく運ばれて来たハンバーグランチに手ぇ伸ばしながら、目の前に座るレンをちらっと見る。
 どことなく気怠そうにしてて、食欲もあんまなさそうだ。
「で、昨日のことだけど」
 話を戻すと、箸を持つレンの手がびくんと揺れた。

 それはどういう意味での動揺なのか? その話題に触れて欲しいのか欲しくねーのか、顔見ただけじゃ分かんねぇ。
 けど、どっちにしろ、オレが言いてぇのはこんだけだ。
「ワリーけど多分、客に媚薬盛られたんだと思う。お前も忘れてーだろ? なかったことにしよーぜ」

 オレの言葉にレンは一瞬息を詰め、「そ、です、ね」とうなずいた。 

(続く)

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