小説 3
見られて困るモノ (Side A)
ある日曜日の朝。いつものように部活に行こうと、玄関で靴を履いてた時だった。
「タカー、あんたのバッグ貸してくれるー?」
奥のダイニングから、母親が声を掛けてきた。
「ああ? どのバッグ?」
「ディパック、グレーの」
「あー、分かった」
オレは適当に返事して、さっさと玄関を出た。
さっさと自転車に乗り、さっさと待ち合わせ場所に行って、恋人の三橋に会いたかった。
「おは、よう。阿、部君っ」
三橋は待ち合わせ場所に先に来ていて、オレを見ると、輝くような笑顔を見せてくれた。
可愛いなぁ。好きだなぁ。
三橋は男だけど、どの女よりも笑顔が可愛くて、雰囲気が柔らかくて、癒される。
その上、球児とは思えねー程色が白くて、肌がキレイで、甘い匂いがする。
恥ずかしがり屋の癖に、ベッドでは時々大胆で、官能的でこ惑的だ。
オレはさっと周りを見回し、誰もいないのを確かめて、三橋に軽くキスをした。
「あ、わ、わ、阿部、君っ」
三橋が首筋まで真っ赤になって、ぱっとうつむいた。
はは、今は恥ずかしがり屋だ。誰もいない部室とか、体育倉庫の影とか、屋上の給水タンクの裏とか……そんな場所なら、もっと濃厚なキスもしてんのに。
「さ、行こうぜ」
オレは三橋の額を突っついて、自転車にまたがった。
学校に着いたら、投手と捕手だ。甲子園目指してんだから、練習優先。恋人同士の甘い時間は、ちょっとばかり封印する。
けど、二人っきりの時は、もう全開で甘くする。この前だって三橋の部屋のベッドで、それはもう濃密に愛し合った。
だってオレら若いもんな。
ゴムの減りだって結構早くて、先月買ったばかりの箱が、残りもう四つ………。
四つ………。
「ああっ、ヤベェ!」
オレは急ブレーキをかけて、自転車を停めた。
今すぐ家に戻るか、とか一瞬迷う。
でももう多分間に合わねーよな。オレらだって練習始まるし。親だって、もう今頃、シュンの試合見に行っちまってるだろう……オレのディパック持って!
「ぐああーっ」
頭をかきむしって、天を仰ぐ。
オレのディパック!
あれはこの間、三橋んちに持ってって、中身そのままだ。バッグ本体は空っぽだけど、外ポケットに、確かゴムが! 残り四つになったゴムが!
「あああーっ」
ヤベェって!
もうこうなったら、神に祈るしかない。
神様。どうか、お願いです。ディパックの外ポケットの中、誰にも見られたりしませんように!
練習終わって家に帰ると、親もシュンも先に帰ってた。
「試合どうだったー?」
とか、どうでもいい事を訊きながら、リビングに置いてあった自分のディパックを、さり気なく回収する。
それから急いで2階に上がり、部屋に閉じこもって、ドキドキしながら外ポケットのファスナーを開けて……。
「ウソだろ!?」
さーっと血の気が引いた。
だって、無いんだ。
残りあと四つになってた、ゴムのアルミパック!
入れっぱなしだと思ったの、勘違いだったか? どっかに片付けたっけ? 入れたのは確かだと思うけど。
いや、それとも。
まさか……見られただけじゃなくて、出された?
マジ!?
こんなもの使ってんのか、とか突っ込まれたらどうする?
っていうか、相手誰って訊かれたら?
オレは恐々、ダイニングに降りた。
ドキドキしながら座ってると、母親が言った。
「ああ、バッグ」
「ひっ!?」
情けねーけど、飛び上がるぐれー驚いた。
「ありがとね。あれ、軽くていっぱい入るから助かったわー」
「あ、う、うん」
スゲー緊張して、次の言葉を待ってたけど、結局、礼以外には何も言われなかった。
ドキドキし過ぎて、マジ心臓に悪ぃ。
もう、いっそ訊くべきか?
外ポケット見たか、って?
けどそれで、「出しておいたわよ」とかあっさり言われたら、ダメージでけーんだけど。
どうする?
オレ、どうしたらいい、三橋!?
(続く)
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