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小説 3
ジムランナーV・7
「帰ったら、水分取って。そのままで寝ちゃ、ダメだ、よ?」
 三橋の説教に「分かってるって」と返しながら、助手席のシートベルトを外す。
 ホント、信用ねーんだな。それともここは、心配されてるって喜ぶとこか? 昔、みんなに「過保護だ」って言われてたのはオレの方だっつーのに、すっかり逆転しちまった。
 ふふっと笑いながら、運転席の三橋に手を伸ばす。
「後でスポドリ買いに行くし、部屋の温度にも気を付けるって」
 そう言って、不意打ちでちゅっとキスすると、「ちょっ!」と三橋が奇声を上げた。ぼんっと真っ赤になってる様子が、すげー可愛い。
「だっ、だっ……」
「誰も見てねーって」
 思ってそうな言葉を推測して言ってやると、どうやら正解だったみてーだ。
「それ、でも、ダメ!」
 上ずった声で文句を言われ、ぐいっと両手で押しのけられた。

「も、う……」
 悪態つくのを聞き流しながら、名残惜しいけど車を降りる。
「じゃーな、気ィつけろよ」
 色んな意味で注意を促し、扉を閉める。
 三橋はまだ、薄い唇をとがらせて拗ねてたけど、そうゆっくりもしてらんねーんだろう。
 キッパリと前を向き、ハンドルを切って、車を静かに発進させた。
 車を借りたレンタカーショップは、ジムの近所にあるらしい。そこで車を返した後、直接ジムに向かうんだそうだ。
 真夏の祝日、安全運転も気ィ付けて欲しいけど、やっぱオレとしては、その後の個人レッスンも気ィ付けて欲しい。

「男性と女性の、2人での予約、だよ?」
 三橋は眉をしかめて、オレの邪推に文句つけてたけど、今回はそうでも、次回はどうか分かんねぇ。
 小さ目のスタジオで2人きりのレッスンすることもあるっつーし、用心はいくらしてもいいと思う。特に、オンナ。
「客にべたべた触られて、にやにや笑ってんじゃねーぞ?」
 くどくど言うと、ぎゅっと腕を捻られた。
「阿部君には、言われたく、ない」
 って。意味ワカンネー。本人にモテてる自覚があんのか無いのかよく分かんなくて、そういうの考えるとモヤッとした。

 三橋の乗る車のテールランプを見送って、それから階段を上がり、自分ちに帰った。
 玄関ドアを開けた瞬間、むわっと暑い空気に襲われて、うわっと思う。
 換気した方がいーんかな? エアコンで換気ってできたっけ? そう思いつつ、暑い空気が思ったよりも不快じゃなくて、このままでもいいかなと思った。
 温泉入って温まったつもりだったけど、まだちょっと冷えが残ってるみてーだ。しかも疲れた。
 水着とタオルを洗濯機に放り込み、床の上にドカッと座る。くわっとあくびして、そういやちょっと眠いなと思った。
 ジムに通い始めて10ヶ月、去年よりかなり体力戻って来たと思ってたけど、まだまだだな。6年ぶりのプールにガッツリ体力奪われたみてーで、結構しんどい。
 ……三橋はどうなんだろう? 大丈夫かな?
 オレを乗せて、運転して。レンタカーを返し、ジムまで歩き、その上さらに個人レッスンって、考えただけでも大変そうだ。

 鍛え方が違うって、こういうことなんだろうか? 昔は同じラインにいたハズなのに、随分差ァつけられた。
 オフの時間にたまに見る、ストイックに走る姿を思い出す。
 今日、あの静かな50メートルプールで、ひたすら泳いでる姿もスゴかった。
「負けてらんねーな」
 フローリングの上にごろっと寝転がり、大の字になって弛緩する。
 部屋の空気は暑いのに、フローリングは冷んやりしてて気持ちイイ。
 ふと思いついて腹筋を始めてみたけど、5回くらいやったとこで眠くなって、起きてからでいいやと思った。
「あ、スポドリ……」
 買いに行くのを忘れてた。
 けど、体がすでに寝の体制に入ってて、簡単に起き上がれねぇ。くわっとあくびをし、後でいーや、と潔く諦める。

 スポドリ、エアコン、空気の入れ替え……。やんなきゃいけねぇこと、三橋との約束をほとんど守れてねぇことに、今更気付いてももう遅い。
 後でいいや、って出不精のオレが久々に顔を出して、そのまま寝込むことを勧めてきた。
 じりじりと肌が焼けるような、暑い空気。
 まるでドライサウナだな。そう思うと、この暑さも悪くねぇ。
 目を閉じてもっかいあくびして、ゆっくり眠気に身を任せる。
 ……暑い。
 トイレ行きてぇ。
 ちょっと気分悪ぃ。
 吐きそうな時に、スポドリって飲んでいいんだっけ? 悪ぃんだっけ?
「……ああー」
 唸っても、返事はない。

 三橋は今頃、何してんだろう? もう車、返したかな? ジムに着いたか?
 ……個人レッスンは、どんな感じだ?
 邪推だって分かってても、心配せずにはいらんねぇ。
 一緒にジムについてきゃよかった。そう思いついても、やっぱ遅い。
 仕事終わったら、連絡くれるかな?
 のろのろとケータイを取り出し、目の前に置いて、三橋からの連絡を待つ。それまでちょっとだけ、寝てようかと思った。

 体感的に、ほんの2、30分くらい寝た頃だろうか。
「……べくん! 阿部君!」
 切羽詰まったような声で呼ばれ、パン! と肩を叩かれて、ハッと起きた。
 目を開けると、見慣れた部屋の中で、見慣れた三橋が眉を下げてオレの顔を真上から覗き込んでた。
 意味が分かんねぇ。仕事はどうした?
「何やってる、のっ!」
 鋭い叱責と共に、ひやっと首元に冷たいモノが当てられる。
 最近、叱られたり注意されたりしてばっかだな。そう思うと、ちょっと笑えた。格好つかねぇなって思う反面、心配されて嬉しかった。

(続く)

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