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小説 3
ジムランナーV・5
 プールに行くことに決まったのは、8月上旬の祝日だった。
 週の真ん中にぽつんとできた祝日。山の日らしいけど、行くのはプールだ。
 この日はたまたま木曜で、三橋の仕事も夜からだけ。ホントは丸一日休みだったらしいけど、新規の客にどうしてもって指名されて、夜に個人レッスンが入ってるらしい。
 夜の個人レッスンって、意味深だよなとちょっと思う。
 そりゃ、朝6時から夜10時までやってるっつーのが売りの1つだし、オレだってそれがなきゃ通えてねーんだけど、夜の9時から10時までって。その後、呑みにでも誘って来そうなイメージだ。
「誘われても、断る、よ」
 オレの邪推に、三橋は当然のように言ってたけど、誘われる可能性自体を否定はしなかった。
 まあ、前にシューズ選びに付き合って欲しいとか迫られてたしな。あん時はハッキリ「困ります」って断りつつも、結構たじたじだったけど……大丈夫なんだろうか?

 プールに行くのに、三橋はわざわざレンタカーを借りて来た。
 夏のレジャーって、車で行ったら渋滞で散々な目に合いそうに思うけど、そういう感じでもねぇらしい。
「乗り換え大変だ、し、駅からも歩く、から」
 って。
 そりゃどこのプールでも、三橋んとこのジムみてーな駅近は有り得ねーだろうけど、大げさだ。
 けど、もしオレのためにってちょっとでも思ってくれてんなら嬉しい。
 大勢と一緒に乗る電車やバスより、2人きりになれる車の方が、恋人って感じする。
 むしろ、オレの方が気付いて手配してやりたかったとこだけど、どこのプールに行くのかもよく知らねーし。そのうちリベンジだなと心に決めて、今回は従っておくことにした。

 三橋と買いに行った水着は、勿論定番のサーフパンツタイプにした。あんま派手過ぎんのもどうかと思ったから、サイドにグレーのロゴの入った、ほとんど黒のヤツを選んだ。
 どうやら温水プールもあるみてーで、キャップも買えって言われて買った。
 水泳キャップなんて使うのは、高校んとき以来かも知んねぇ。けど昔と違って今は色々うるさいらしいし、屋内プールだと大体、キャップは必需品らしい。
 そういや地元のスポーツセンターも、キャップいるっつってたな。そんなことを思い出し、ふふっと笑えた。
 競泳水着に水泳キャップって、まんま水泳選手みてーだ。
「お前はやっぱ、あの水着にすんの?」
 三橋に運転を任せ、助手席の景色を楽しみながらズバッと訊くと、横から「当たり前、だ」って短い返事が返って来た。
「泳ぎに行くんでしょ」
 ツンとした言葉に、「まあな」とうなずく。
 渋滞に捕まろうが、イモ洗いなプールだろうが、三橋が誘ってくれたんだからそれ以上の望みはねぇ。
 学生時代みてーに、素直に楽しめりゃいいなと思った。

 着いた先は、思ったより静かな施設だった。
 駐車場もそこそこ空いてるし、きゃあきゃあ騒ぐ子供たちもいねぇ。
 つーか、最寄駅がどこかも分かんねぇ。三橋は都内だっつーけど、ホントかどうかも分かんねぇ。
「穴場、でしょ?」
 にへっと笑われて、「そーだな」と素直にうなずく。
 どうやらレジャープールじゃなさそうな雰囲気だけど、別に、イモ洗いで流れたかった訳じゃねーし。黙ったままついて行く。
 壁も天井も真っ白に塗られてっけど、リノリウムの床はかなり古ぼけてっから、建物自体は古いんだろう。
 中には温泉やスポーツジムもあるらしい。プールだけの券と、ジムや温泉全部が使える1日券があったけど、三橋はプールだけの券を買った。
 受付を終えて中に入ると、ぷぅんと塩素の臭いが漂う。
 成程、確かにキャップがいりそうな雰囲気だ。

 更衣室で服を脱ぎ、水着に着替えて、水泳キャップをかぶると、「これ」って言葉と共に、目の前に小さな紙包みが突き出された。
 リボンも何もついてねぇ、色気のねぇスポーツショップの紙包みだったけど、プレゼントには違いねぇ。
「ゴーグル、持ってないと思っ、て」
 そう言われて、反射的に目元を覆う。
「ゴーグルなんか、いんの?」
 ええっ、と思ったけど、最近は小中学校の授業でも、ゴーグルは当たり前らしい。この辺の情報は、さすがプロなだけあって、三橋の方が詳しいみてーだ。
「いらない、なら、返して」
 ツンと言われ、慌てて手の中に握り込む。
「いるに決まってんだろ、あんがとな」
 ニカッと笑ってやると、「別、に」とかごにょごにょ言いながら、三橋がじわじわと赤面した。

 紙包みを開けると、中に入ってたのは黒いケースに入った黒のゴーグル。バンドもワクも黒、レンズはグレーで、派手じゃねーとこがオレ好みだ。
 いつの間に買ったんだろう? オレが水着選んでる間に買ったのか?
 こそっと買ってるトコ想像すると、すげー可愛い。素直じゃねーとこも可愛い。
 ニヤニヤとゴーグルのバンドのサイズを調節してると、遅ればせながら水泳キャップをかぶった三橋が、手慣れた様子でゴーグルをさっと着けた。
「行く、よ」
 短く合図され、「おー」と応じながらゴーグルを装着する。
 この間試着に使ったのとは違う、黒とオレンジの競泳水着をはいた三橋は、整った上半身を惜しげもなく晒しつつ、まっすぐ姿勢よく立っていた。

 向かった先は、まんま競泳用の50メートルプール。
 入り口で予想した通り、イモ洗いの流れるプールも、すげぇ行列のスライダーも、きゃあきゃあと走り回る幼児もカップルも何もねぇ。
 けど、いい年したオトナの男の2人連れだ。味も素っ気もねぇ50メートルプールの方が、オレらにはふさわしいように思えた。

(続く)

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