小説 3 王妃の送迎・3 シュン王子の留学出発に先んじて、王城では壮行の宴が行われた。 他国の大使を呼ぶような、大々的なものではなかったものの、国内の貴族や有力者などが集まる、華やかな催しだった。 楽師たちがにぎやかな演奏を始め、踊り子たちが妖艶に踊る。 王妃レンが国王アベ=タカヤと連れ立って大広間に姿を見せると、豪華な料理を囲んでいた出席者が、一斉にうやうやしく頭を下げた。 その中には、勿論シュン王子もいた。 「陛下……」 無邪気な笑みを浮かべながら、挨拶をするべく上座に歩み寄り、目前にヒザを突く。その弟の姿に、王はにこりともしなかった。 「おー、シュン。気ィ付けて行けよ」 素っ気ない壮行の言葉。「陛下じゃなくて兄上と呼べ」などと、優しいセリフも口にしない。臣下に向ける態度と同じで、シュン王子の笑顔も少し陰る。 隣に座るレンの方も、何と声を掛けていいものか分からなかった。 今までにほんの数回会ったばかり、言葉を交わしたのも数える程。シュン王子の性格も、好きなもの嫌いなものも、何も知らない状態だ。会話など弾むハズもない。 「王妃陛下にも、ご機嫌麗しく」 シュン王子の挨拶に、「うん……」とうなずく。 「トウセイ、は、いい国です、よ」 と、口にできたのはそれだけだった。「行ってらっしゃい」も言わないままに、アベ王に中断させられる。 「もういい、下がれ」 冷やかに片手を振る王に笑顔はない。 シュン王子は素直に「はっ」と頭を下げて、料理の盛られた卓の向こうに戻って行った。 その後は、他の出席者たちから次々に挨拶を受けたため、シュン王子がどうしたのか、レンには追うことができなかった。 逆にキョロキョロし過ぎだと、王にちくりと文句を言われたくらいだ。 「お前はまた……シュンがそんなに気になるか」 ぼそりと囁かれた言葉が、少し嫉妬じみているように思えて、ふっと笑う。 「オレが好きなのは、キミだけだよ」 こそりと囁き返すと、不機嫌そうに「当たり前だ」と言われた。 「オレにもリュウにも似てる、から。放っとけない、だけ、だ」 王の隣に立ちながら、少し目を細めて大広間を見渡す。 幼少の頃から離宮に隔離されて育ったレンにとって、このような華やかな場は、やはりまだ少し苦手だ。 かつて隣国の将軍だった頃、戦勝の宴の類に何度か呼ばれることもあったが、人々の輪の中にいると落ち着かず、笑みを浮かべるのが苦痛だった。 今でもまだ、正直不慣れではあるものの、それでもしっかり努めようと思っていられるのは、もうひとりではないからだ。 王がいるから。 王の隣に自分が座る。それが王の威信に役立つと知っているからこそ、堂々としていられるのだ。 いつかシュン王子にも、そのような場所ができればいい。 壁にもたれるようにぽつんと立つ、王弟王子の姿を見て、レンはこっそりため息をついた。 王が古参の将軍たちと話し込んでいる隙に、レンはそっと大広間を横切り、シュン王子に近付いた。 「主役がこんなとこ、いちゃ、ダメでしょ」 ワインの入ったゴブレットを1つ渡し、飲むように促すと、シュン王子は「そうですねー」と明るく笑って、中身をぐっと飲み干した。 自分でもワインを飲みながら、レンは義弟をじっと眺めた。 14、5歳といえば、一応は成人だ。レンもその頃にはすでに、隊長格にはなっていた。 「トウセイ、は、オレも1度行ったこと、ある。王女様にも、会ったこと、ある、よ」 無難な話題を口にすると、シュン王子は王にそっくりの涼やかな垂れ目を、興味深そうにまたたかせた。 「どんな方ですか? 美少女だとは聞いてますが」 「うん……金髪で、ね。美少女には間違いないんだ、けど……オレより背が高く、て……」 言葉を濁しながら説明すると、シュン王子は一瞬の沈黙の後、「あはは」とおかしそうに笑った。 小柄なレンと成長期の王子は、ほとんど目線が同じなので、身長にも差がない。 「じゃあ、オレよりも大きいかも?」 「うん。で、でもキミはまだ、伸びる、でしょ」 拗ねたように言うと、シュン王子はますます笑い声を立てる。 「それは、でも、王妃陛下だって」 「お世辞はいい、よ」 すかさず言い返し、また笑い合う。 そんなやり取りは亡き従弟王子を思い出されて、レンの胸が熱く痛んだ。 陽気な笑い声は、少々人目を引いたらしい。 「王妃」 タカヤに冷ややかな声で呼び戻された。 「随分楽しそうだったな。何話してた?」 じろりと睨まれて、「ごめん」と小さく肩を竦める。 「トウセイの王女の話、しただけ、だよ」 疚しいことは何もない。謝るべきことも何もない。今夜の壮行会の主役に話しかけ、留学先についての話をしただけだ。 けれど、そんなこともアベ王は気に入らなかったようで……。 「もういい、ベッドでゆっくり訊いてやる」 そう言うなりレンを軽々と肩に担ぎ上げ、以後の無礼講を宣言した。ただ彼も、黙って運ばれるだけの王妃ではない。 「ちょっと待って、オレ、まだあまり食べて……」 じたばたと抵抗してみたが、残念ながら王には通用しないようだ。料理を寝室に持ってくるよう、側にいた召使いに命令して、そのまま奥へと戻ってしまった。 ベッドの上では勿論、容赦なく責められ、啼かされた。 「アイツに関わるなっつっただろ!」 嫉妬じみた説教とともにガンガンに揺さぶられ、朝まで許して貰えなかった。 シュン王子は、快活で控えめで話しやすい少年だ。警戒するほど悪い人間には見えないし、境遇には同情の余地がある。 生母の影響が強過ぎる、だから権力は与えられない、と、それくらいはレンにだって分かるけれど、だからといって冷たくあしらう理由にはならない。レンはそう思っていた。 王の怒りと警戒が、よく理解できなかった。 シュン王子と関わると、ろくなことにならないのだ、と――その言葉の意味が理解できたのは、その翌日のことだ。 「シュンの護衛には是非、最強の武人と名高い白鬼将軍を」 シュン王子の生母、王太后に名指しされ、レンは驚きに絶句した。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |