[携帯モード] [URL送信]

小説 3
王妃の送迎・2 (R18?)
 シュン王子が気になるのは、離宮住まいだということも関係しているかも知れない。
 裸のまま移動した寝台の上で、王に肌をまさぐられながら、レンはぼんやりと昔のことを考えた。
 大きく温かな手のひらが、柔らかくもない胸板を押し撫でる。
「レン、愛してる……」
 王の睦言をうっとりと受け止め、快感に身を任せながら「うん」と微笑む。
 大きな窓からは明るい月の光が差し込んで、2人の寝室を美しく照らしていた。脚を大きく開かされ、あられもない姿を月光の下に晒されながら、王の指に小さく喘ぐ。
 この王と初めて会ったのも、こんな月の夜だった。

 あれが一体何のパーティだったのか、レンの記憶は曖昧だ。
 当時、シュンと同じくミホシ王国の離宮に住まわされていたレンは、その離宮で行われたパーティで、後に伴侶となるアベ=タカヤと出会った。
 父にも祖父にも似ていない「鬼子」だとして、一族から疎まれ、幼い頃から離宮に隔離されていた王子レン。生い立ちのせいで自尊心に欠け、生来の人見知りも相まって、人目に耐えられず中庭に逃げていた。
 ひと気のない月明かりの中庭。そこで『祈りの歌』を口ずさんでいたところに、タカヤ王子が現れた。
 同じくパーティを抜け出してきたという彼は、幼いながらも自信に満ちていて眩しかった。自分を鬼子なんだと言って泣いたレンを、「鬼って格好いいんだぞ」と教え、慰めてくれた。
 彼の勧めるまま、「鬼のように」強くなろうと決意して――それから間もなくレンは剣を握り、鍛練を積んで、「白鬼将軍」と呼ばれるほどの実力を見せるようになる。
 孤独と挫折に襲われる日々の小さな救いになったのは、あの日タカヤが残してくれた、幼く他愛もない約束の言葉だ。

『オレはいつか、立派な王になる。そしたらお前を迎えに行くよ。そんでお前に居場所をやる。もう寂しくないように、ずっと側にいてやるから』
 タカヤにとっては、記憶に埋もれる程の他愛もない約束だったようだけれど、レンにとっては救いだった。
 本当に心から信じていた訳ではないけれど、あれがなければきっと、今の自分はないだろう。

 上から大きな体に覆いかぶさられ、月明かりがふっと陰る。
 無防備に開いた体の中心に、王の熱い昂ぶりが押し付けられる。息を詰めつつ、それを迎え入れながら、レンは彼の背に縋った。
 奥まで貫かれると、声を上げずにはいられない。
「あっ……あああっ」
 甘さを含んだ嬌声。
 こんな風に誰かに身を預け、快感に酔える日がくるなんて、思ってもいなかった。
 突き上げは次第に激しくなり、小柄なレンの体ががくがくと揺さぶられる。愛しい男の肉根に、浅く深く中を穿たれ、翻弄される。
 深い口接けに吐息を奪われ、「んっ、んっ」とノドを鳴らした。
「タカヤ……」
 上ずった声で名前を呼ぶと、荒い息の中、強い腕に抱き竦められる。

「キミがいて、よかった」
 王の首元にぎゅうっと抱き付き、心からの想いを告げる。
 快感に蕩けた頭の中に、月に捧げた『祈りの歌』のメロディが響く。
 レンは今、幸せだった。
 だからシュン王子にも、幸せになって欲しい。
 自分のような、誰とも似ていない「鬼子」ではなく、タカヤとそっくりな顔を持つ王弟王子。
 他国の王族のことにあまり関心を持たなかったレンは、各国の王宮事情にかなり疎い。シュン王子が離宮に住まわされる理由もよく分からない。
 ただ彼に、この国を継がせるつもりは誰もないのだと、分かったのはそれくらいだ。
 アベ王だけでなく、その周りの重臣たちもそうなのだから、それなりの理由があるのだろう。
 それでも――。

 それでも、彼にだって幸せになる権利はあるハズだ。
 戦場にしか居場所がないと思っていた、自分のような鬼にだって、これだけの安らぎと充足感があるのだから。

 激しく濃厚な営みの後、再び王と2人、広い浴室で湯に浸かっていると、いつの間にか鼻歌を歌っていたらしい。
「その歌……久々に聴いたな」
 王がそう言って、側にいたレンに腕を伸ばした。
 抵抗する間もなく膝の上に乗らされて、仕方なく苦笑し、王の首に腕を回す。
「う、ん。祈りの、歌」
「祈りの?」
 促すような問いの後、彼の形のいい唇がこめかみに押し当てられる。
 そのくすぐったさにクスクスと笑いながら、レンは「そうだよ」とうなずいた。
 かつてはその歌に、自分のための祈りしか込められなかった。愛されたい、必要とされたい、と、祈りながら泣いていた。
 けれど、愛と居場所を手に入れた今なら、ようやく他人のために祈れる。

「シュン王子の元に、彼なりの幸せ、を」
 王にそっと身を預けながら呟くと、王はレンの濡れた髪を撫でながら、「お前は優しーな」と苦笑した。

「シュンには権力を与えらんねぇ。アイツの生母、王太后の影響力が強すぎる」
 王の固い声に、レンは大きな目を見開いた。
 アベ王とシュン王子はよく似ていたが――異母兄弟だっただろうか?
 他国の王族の血縁関係に興味がなく、勉強をおざなりにしてきたため、記憶が曖昧でもどかしい。
「ガキの頃、王太子だったオレを廃位させて、代わりにシュンをって動きもあったくらいだ。今だってきっと狙ってる。シュンを王太子に据えて見ろ、翌日からこっちに刺客の山だ」
「まさか……」
 ふひっと笑って見せたものの、アベ王の表情は固い。
「トウセイへの留学は、婿入り前提っつーよりむしろ、生母と引き離すのが目的だ。いや、厄介払いの方が近いかもな」
 ふっ、と自嘲するように唇を歪めるアベ王に、レンは思わず抱き付いた。

 この王が、時に非情になりきれることを、かつて敵将として戦ったレンは知っている。
 冷徹で計算高く、誇りすら投げ打って、土にまみれても勝利を掴む――貪欲な知略王。
 けれど、非情になりきれることと、非情であることは違う。
 情を切り捨てるその裏で、王の心はひっそりと傷付き、血を流している。

 ――祈ろう。
 ――そして、自分にできる限りのことをしよう。
 王妃レンはそう思い、まずは王のためだけに「祈りの歌」をそっと歌った。
 何十人もが一度に入れる、王宮の広い浴槽には王と王妃の2人だけ。脇に控える召使いたちが、沈黙したまま見守る中、王妃の静かな歌が響いた。

(続く)

[*前へ][次へ#]
[戻る]


あきゅろす。
無料HPエムペ!