[携帯モード] [URL送信]

小説 3
29・6 (完結)
 ずっと不機嫌だった阿部君が、ふはっと笑みを漏らした。
 ようやく見れた笑顔なのに、ぐさっと来る。うっかりぶちまけちゃった告白が、今更ながらにすごく気まずい。
 くっくっく、とノドを鳴らしながら笑ってる阿部君を、じろりと睨む。
「わ、笑ってないで、帰れば?」
 すんっと鼻をすすりながらで、格好つかないけど仕方ない。
「に、妊婦さん、ひとりにしちゃダメ、でしょ」
 ふいっと顔を反らしながら言うと、阿部君は「大丈夫だって」っておかしそうに言った。
 何が大丈夫なんだろう? カチンと来たところに、更に追い打ちをかけるようなセリフが届く。
「お前に心配されなくても、ひとりじゃねーから大丈夫だよ」

 そりゃ確かに、オレなんかに彼女を心配する資格なんてないかも、だけど、突き放されたみたいで、地味にショックだ。
「ひ、とりじゃない、って」
「そう、家族がちゃんといるかんな」
 家族。そんな何気ない単語にも、胸が痛い。お前は家族じゃないって言われてるみたい。
 阿部君のオヤか、彼女のオヤが一緒なのかな? それともまさか、他にも子供がいたりして……?
 思考がどんどん悪い方にハマって、気分が下向きになってくる。
「……でも」
 でも、帰った方がいいと思う。帰って欲しいとも思う。これ以上「家族」の話、聞きたくない。
 そう思ってると――。
「マキナはちゃんと、旦那と一緒にいる。っつーか、もう寝てんだろ」
 そんなことを言われて、耳を疑った。

「だ、んな、さん、と?」
 あの人に、旦那さんがいる、のか? 阿部君じゃなくて?
「うえっ、じゃあ、不倫!?」
 予想外の展開に奇声を上げると、阿部君は神妙にするどころか、逆にぶはっと吹き出した。
「ははははは、何言ってんだ、ははははは」
 おかしそうに笑われて、カーッと腹の底が熱くなる。
「わ、らい事じゃない、でしょー!」
 とっさに怒鳴ったけど、「だって、お前」って言いながら、さらに阿部君は笑ってる。

「その意味不明なとこ、変わんねーな、お前」
 笑いながらの言葉に、ムカッとした。
「さ、さっきは変わったって言った」
「ああ、言ったけど……」
 オレの文句も軽く流し、くっくっと喉を鳴らす阿部君。何がおかしいのかと思ってムッとしてたら、「誤解だ」って言われた。
「あの子は弟のヨメだよ。つーか、お前がオレらを見たの、夕方だろ? あんとき、弟も一緒にいたぞ」
 ははははは、と尚も笑ってる阿部君をよそに、思考が一時停止する。
 今、阿部君、何て言った? オトウトノヨメって……弟の嫁? 阿部君の奥さんでも、カノジョでもない、の?

 ずっと視界を曇らせてたモヤが、ゆっくりと晴れていく。
 じゃあ、彼女の大きなお腹の子は……そのパパは、阿部君の弟、さん?
「う、え……?」
 待って、ホント?
「じゃあ、阿部君、は……?」
 呟くように訊くと、「なに?」っておかしそうな笑みを向けられた。さっきまでとは打って変わった、優しげな笑顔にドキッとする。
「お前の勘違いだよ。っつーかさ、お前、そん時あの場所にいたんなら、なんで迷子になるんだよ? バカか?」
 呆れたようなセリフなのに、今度はそんなに痛くなかった。

 あの時は、ショックで頭が真っ白で、気付いたら知らない場所だった。弟さんがいたっていうのにも気付かなかった。オレ、どんだけ周りが見えてなかったんだろう。
 どんだけショックだったんだろう。
 どんだけ阿部君のこと、好きなんだろう? 一途に想い続けてた訳でもないのに、ホントの気持ちを悟らずにはいられない。
 恋した当時の熱い思いが、胸に広がってぶるっと震える。
「そう、だな。バカ、かも」
 しみじみ言って視線を落とすと、「ホントだな」って阿部君に言われた。
「そういうとこ、全然変わってねぇ。相変わらず目ぇ放せなくて、気になって仕方ねぇ」
「ごめん」
 とっさに謝ると、阿部君にぐいっと抱き寄せられた。

 勿論、ドキッとした。
「な……っ」
 逃げようと腰を引いたけど、ますますキツく抱き締められて、身動きが取れない。わしゃわしゃと髪を撫でられ、くくっと笑われてカーッと顔が熱くなった。
「はっ、……」
 放して、の一言が口から出ない。
 身を固くして戸惑ってると、「好きだ」って言われて、更にギシッと固まった。
「なあ、オレに結婚願望なんてねぇよ。ただ、お前とは一緒にいてぇなって思う」
 抱き締められたまま告げられるセリフ。
 一緒にいたいって言葉に、ぽかんとする。

「今まで結婚とか、遠い世界だと思ってた。弟らの結婚式とか妊娠とか、そういうの見てもピンと来なくてさ。改めて真剣に考えた時、頭に浮かんだのはお前の顔だった」

 なんて答えていいか分かんなくて、ぼうっと阿部君の言葉を聞く。
 結婚なんて遠い世界の出来事だって、オレもそれは思ってた。じーちゃんから見合い写真を送られた時、阿部君のことを思い出した。
 オレは最初から諦めてたけど、阿部君は違ったのかな?
 抱き締める腕が少し緩んで、間近で顔を覗かれる。
「オレにヨメがいると思った? 誤解してどうだった? なあ、さっき好きだって言ってくれたの、聞き違いじゃねーよな?」
 静かな問いにも、どう答えていいか分かんない。
「す……」
 好き、って言ったのは確かだけど、改めて訊かれると気恥ずかしくて、居たたまれない。
 聞き間違いじゃないのかな、って、オレの方が訊きたい。さっき阿部君、「好き」って言った?

「久々にお前に会って、色々変わってんのに愕然とした。服のシュミも違ぇし、髪だって短くなってるし、どんな女がお前を変えちまったんだろうって、スゲームカついた。しかも、嬉しそうに見合いがどうとか言ってるし、お前」
 阿部君が、耳元で大きく1つため息をつく。
「見合い、断ってくんねーか? オレを側に置いてくれ」
「置く、だなんて。オレ、こそ……」
 オレこそ、阿部君の側にいたいと思ってた。他の誰かじゃなくて、オレがいい。他の誰かに笑いかける阿部君なんて、見たくない。
 止まってた涙がまたあふれ、悪い癖だなって思うのに泣けてくる。
「オレも、好き」
 すんっと鼻をすすって言うと、「ああ」って応えとともに、そっと顔を寄せられた。
 当たり前のように重なる唇。いきなりのオトナのキスに、戸惑うことなく舌を絡め、腕を回して抱き締め合う。互いの過去に目を閉じて、両思いを喜び合う。
 互いに30歳目前。きっとずっと一途だった訳でもないし、色んな出会いと別れがきっとあったけど、これが多分最後の恋だ。

 長く深い「初めて」のキスの後、阿部君がぼそりと言った。
「取り敢えず、服を着るか脱ぐかしてくれ。目のやり場にすげぇ困る」
 ロマンもムードも何もないなと思ったけど、そんなものを無暗に求める程コドモじゃない、し。
「脱、がない、よ」
 ふひっと言い返して、取り敢えずパジャマのズボンをさっとはくと、阿部君が「そうだな」ってオレをベッドに押し倒した。
「やっぱ、こういうのは脱がすとこからだよな」
 そんなセリフも、やっぱりロマンがないなって思ったけど、もっかいキスが降ってきて、文句を言うことはできなかった。

   (終)

※ぱんぷきん様:フリリクへのご参加、ありがとうございます。「30歳目前で揺れ動くアベミハ」でしたがいかがだったでしょうか。「この辺はもうちょっとこんな感じで」など、細かなご要望がありましたら、訂正しますのでお知らせください。ご本人様に限りお持ち帰りOKです。

[*前へ][次へ#]
[戻る]


第3回BLove小説漫画コンテスト開催中
無料HPエムペ!