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小説 3
29・4
 目を覚ますと、自分ちのいつものベッドだった。
 起き上るまでもなく、ぐるんぐるんと目眩がして、「うう……」と唸りながら寝返りを打つ。
 調子に乗って飲み過ぎたみたい。
 そうか、もう飲み会は終わっちゃったんだ。解散したときのことをぼんやりと思い出し、楽しかったなぁって思いと寂しさとが、同時にじんわりと浮かんできた。
 もうちょっと話したかった、な。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ去って、残ったのは二日酔いばっかなの、空しいけど仕方ない。
 どうやって帰ったんだっけ? 誰かにタクシーに押し込まれた覚えはあるけど、お金を払った記憶はなくて、どうだったんだっけ、とちょっと悩んだ。
 でも今自分ちだってことは、ちゃんとお金払えたんだよね?
 財布ごとバーンと出して、「釣りはいらない」とか言ってないかな? っていうか、タクシー代、いくらだったんだろう? ……財布、あるよね?
 残金ゼロとかでもちょっと困るけど、クレジットカードやキャッシュカードも入ってたから、そっちがない方がもっと困る。

 1度不安にかられると、これ以上は呑気に寝てもいられない。ぐるんぐるんと目眩はまだ続いてたけど、ゆっくり起き上がってみた。
 部屋の明かりも点けっぱなしの、一人暮らしの1DK。
 ゴミは溜めてないけど、生来の片づけ下手はどうしようもなくて、雑然と散らかった部屋が目に入る。
 ああ、ふわふわするなぁ。お風呂入りたい。けど、もうちょっと寝たい、かも。そんなことを考えながら、ベッドから降りようとした時――。
「起きたか」
 そんな声が足元から聞こえて、飛び上がるくらい驚いた。

「ひえっ!?」
 みっともない悲鳴を上げ、全身をこわばらせる。
 イマイチ焦点の合わない目を声のした方に向けると、ゆらっと誰かが立ち上がって、更にビックリした。
 阿部君、だ。
「ゆ、め……?」
 思わず呟くと、「何言ってんだ」ってすかさずツッコミを入れられて、うぐっと黙る。
「な、んで……?」
 呆然と訊くと、阿部君はオトナになった男らしい顔を、不機嫌そうに「はあ?」と歪めた。
「連れて帰って来てやったんだろ? 覚えてねーのか!?」
 責めるような口調に、「う、お」とうなずく。
 誰かにタクシーに押し込まれた記憶はあるけど、誰だったかまで覚えてない。言われてみれば、ぎゅうぎゅうに押されて誰かと一緒に乗ったような気もするけど、それもハッキリは覚えてなかった。

 目眩のする頭を押さえ、うーん、と唸る。頭がハッキリ働かなくて、何をすればいいのか、何を言えばいいのか、まったく思い浮かばなかった。
「ご、めん。迷惑、かけまし、た」
 取り敢えず、思いつくまま謝ると、「おー」って短く返される。
「タクシー、代、は」
 恐る恐る訊くと、阿部君が払ってくれてたみたいだ。慌てて「返す」って言ったけど、「いいって」って言われて、押し通された。
「ごめん……」
 ぽつりと謝ったけど、今度は返事は貰えなかった。
 素直に「ありがとう」って甘える気分になれないのは、阿部君がビミョーに不機嫌だからだ。にこりともしないで、じっと見つめられて、居心地が悪い。
 寝る前にデニムパンツを脱ぎ捨てたみたいで、トランクス1枚になっちゃってたから、それも気まずい。
「言っとくけど、お前が勝手に脱いだんだからな」
 そんな風に阿部君に言われて、どんな顔していいか分かんなかった。

 アサコンでゴブタケのサマーニットは、さすがに脱いでなかったみたいで、それだけはホッとした。
 ズボンを脱いだのは、きっとキツかったからだ。メンズフロアの店員さんに勧められるまま買ったデニムは、少しキツメのタイプだった。
 無言のまま、布団の中で裸の足を擦り合わせてると、阿部君がアゴで脱ぎ捨てたデニムパンツを差した。
「ベルト、青なんだな」
「うん……」
 いつ脱ぐか分かんない、って、店員さんに言われたのを思い出し、じわっと頬が熱くなる。そんなことを考えてたから――。
「誰のシュミ? 女? お前、変わったな」
 冷やかに言われて、とっさに返事ができなかった。

 熱くなりかけてた頬から、ざあっと一気に血の気が引いた。
 冷やかな口調もショックだし、何か誤解してるっぽいのもショックだ。「変わったな」って冷やかに言われたのもショックだった。
 オレは、何も変わってない。
 昔と同じ、ドジでサエなくてモテないままだ。変わったのは阿部君の方、だ。じわっと目尻に涙がにじむ。
 慌てて話題変えようとしたけど、「今、何時?」くらいしか思い浮かばなくて、言っちゃってから逆に気まずかった。
「今? 日付変わる頃だな」
 腕時計を見ながら、阿部君が1つため息をつく。その面倒臭そうな様子にも、鳥肌が立った。
 0時過ぎたなら、終電もないかも知れない。阿部君の不機嫌の理由が分かった気がした。

「ご、めん、終電……」
 うつむいて謝る。
「いーよ、別に」
 阿部君はそう言ってくれたけど、とてもいいとは思えなかった。夕方見た、お腹の大きなあの人のことを思い出す。
 妊娠中の彼女を置いて、外泊させるなんてサイテー、だ。酔い潰れたオレなんか放置して、さっさと帰ってくれてもよかったのに。
「よ、よくない、よ。待ってる人、いる、でしょ」
 胸の痛みを押し隠し、精一杯の平気な顔で、ちらっと微笑む。
「はあ? 誰がいるっつんだよ?」
 そんな質問に、ぐっと息が詰まったけど――知らないフリはできなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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