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小説 3
29・3
 いっぱい食べて、いっぱい飲んだ。
 大体はみんなの話に耳を傾けてるだけだったけど、ふんふんと相槌を打つだけでも楽しい。色んな話に笑ったり驚いたり、気持ちを共有できるのが嬉しい。
 雰囲気が楽しい。
「この間、そういえば……」
 そんな何気ない話に、ドッと笑う。みんなの過去の恋愛とか今の話とか、失敗談とかのろけ話とか、とりとめもないことをいっぱい聞いた。
 でも、阿部君の話は聞かなかった。
 座ってる場所のせいもあるし、オレがことごとく邪魔したせいもある、かも。
 彼のコイバナを聞いても聞かなくても、事実が変わらないのは分かってる。指輪はしてないみたいで、それにはちょっとホッとしたけど、でもだからって「マキちゃん」が幻になる訳じゃなかった。
 うちの課長だって、既婚者だけど指輪はしてない、し。阿部君もきっとそうなんだろう。
 指輪がどうとかは問題じゃない。ただ、彼の隣にお腹の大きな人がいる。それがオレにとって、すべてだった。

「結婚すると自由がなくなりそうだよなぁ」
 誰かがしみじみと言った言葉に、阿部君が「そーだな」って言うのが聞こえて、ドキッとする。
「欲しいモンは、独身の間に買っといた方がいいらしーぜ」
 そんなことを語りながら、ふふっと笑う阿部君は――今、誰のことを考えてるんだろう?
 ぐさっと胸が痛んで、思わずバッと立ち上がる。
 それ以上、見てらんなかったし、聞いてらんなかった。
「オレ、トイレ」
 近くの人に宣言して、ふらつきながら座敷席の外に出ると、阿部君の声が一気に遠くなってホッとした。

「一人で行けるかー?」
「行ける、よー」
 気遣う仲間ににへっと笑って、トイレを目指してふらふらと歩く。「御手洗」って書かれた矢印の案内にもすぐ気付いたし、そんなに酔ってない、かも。
 学生の頃はすぐに酔い潰れてたけど、オトナになって飲み慣れてくると、やっぱり強くなるのかな?

 用を足して手を洗い、ペーパータオルで水気を取ってると、ふいにポケットでケータイが鳴った。
「うお……」
 画面を見ると、じーちゃんからの電話だ。
 一瞬迷ったけど出ることにしたのは、無視してたら何度もかかってくるって知ってたから。留守電に入れてくれればいいのに、っていう苦情は、じーちゃんには通用しない。
「はい……」
 ケータイを耳に当てて応じると、周りの音に気付いたんだろう。『なんだ、今、外か』ってじーちゃんに言われた。
『デートか?』
「ち、がう、よ。高校の、トモダチ」
 オレの言葉に、『ふん』と鼻を鳴らすじーちゃん。けど、訊きたかったのは誰と一緒かとか、そういうことじゃないみたい。
『この間送った写真、見たか?』
 ズバッと切り出されて、「うん……」としか答えらんなかった。

 どうしよう、今は阿部君のショックで胸がいっぱいで、他の人なんて考えらんない。
 けど、断ろうとした瞬間、目の前のトイレのドアがガチャッと開いて、阿部君が入ってきて言葉に詰まった。
 しっかりとした足取りで、小便器の前に立つ彼をちらっと見送り、目を逸らす。
 今、オレ、どんな顔してる?
 せっかく服買ったのに。阿部君の前に立つと、モテなくてサエなくてドン臭いのが際立ちそうで、居たたまれない。
 オレだって、って、思う。
 阿部君の側に「マキちゃん」がいるなら、オレだって。
『気に入った子はいたか?』
 胸に熱いモノがこみ上げて、じーちゃんに促されるまま、気付いたら口走ってた。

「あ、の、白いワンピース着た、人。い、一番上にあって、み、見開きの写真、で」

 そんだけの情報で、『ああ、……家の次女だな』って、そんな情報がするっと出てくるあたり、きっとじーちゃんのオススメの人だったんだろう。だからきっと、1番上にあったんだろう。
 ホントはちらっとしか見てないし、顔も覚えてない、けど。
「せ、清楚で、可愛い人、だね」
 思いつくまま口に乗せると、電話の向こうでじーちゃんが満足そうにうなずくのが聞こえた。


 通話を終えてケータイ画面をぼんやり見てると、「楽しそーだな」って横から声をかけられて、ギクッとした。
「阿、部君……」
 名前を呟いて、目を逸らす。
「そんなに見合いが嬉しーのか?」
 責めるような口調に、ぐさっと来た。
 なんでそんなこと、言われなきゃいけないんだろう? お見合いの何が悪いの? お見合い以外に、どうしろって?

「あ、阿部君、は、恋愛結婚?」
 思わず訊いて、ハッとした。オレ、何を口走ってんだろう?
「はあ?」
 阿部君が、面食らったように垂れた目を見開く。
 意外そうな表情。コイツ何言ってんの、みたいな態度に、カーッと顔が熱くなった。
「ご、ごめん、忘れて!」
 思いっきりドモりながら言い捨てて、ダッとトイレから逃げ走る。
「あ、おい!」
 阿部君の声が追いかけてきたけど、止まろうとは思えなかった。
 みんなの元に一足先に戻った後は、ひたすら飲んだ。会話の輪の中に入り込み、阿部君から目を逸らして飲み続けた。

 酔ったからって現実が変わる訳じゃないけど、今だけは何もかも忘れたい。阿部君のことも、空しい初恋も、「マキちゃん」も、白いワンピースのお見合い写真も、じーちゃんも――今は何も考えたくなかった。

(続く)

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あきゅろす。
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