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小説 3
29・2
 待ち合わせは、夕方6時の居酒屋の前。
 7年前にもよく集まってた界隈で、なんとなく懐かしい。けど、その当時よく行ってた居酒屋はもうなくて、有名チェーン店に変わっちゃってるみたいで、寂しいなぁと思った。
 ネットで地図を確認し、いそいそとマンションを出る。
 この日のために買った、真新しい靴に真新しい服、だ。いつもは量販店で適当に買うんだけど、今回は思い切ってメンズフロアの店員さんに頼んだ。
「デートですか? どんな感じにします?」
 オレより年下だろう、若い男の店員さんは、不慣れな様子なオレを笑わず、にこにこ丁寧に請け負ってくれた。
「い、いつもと違う感じ、で」
 そんな曖昧なオーダーしかできなかったし、「アサコン」とか「ゴブタケ」とか、言ってることもよく分かんなかったけど、上から下まで揃えて貰えてよかった。
 買ったのは、ブルーグレーのメッシュニット。透ける素材だから中に黒のタンクトップを着るんだって。アサコンでゴブタケだから梅雨の季節にピッタリで、もし肌寒かったら、上にシャツを羽織ってもいい、って。

 ベルトも、キレイな青のベルトを買った。
 見えるかどうか分かんないからって、気を抜いちゃダメなんだって。
「いつ脱ぐか分かりませんしね」
 そんなビミョーなシモネタに、うへっと笑った。
 ホントはデートじゃなくて、同期会に行くだけなんだけど――気になる人に会うって点では、デートと同じ、だし。気を抜いちゃダメなんだなって、改めて思った。
 いつもより少し短く整えた髪に、いつもとは違う服装。
 誰もオレなんて見てないって思うけど、なんとなく人目が気になって、キョロキョロする。
 電車の車窓や、通りすがりのショーウィンドウに映る自分が、なんか別人みたいに見えて、何度も確かめずにはいられなかった。

 みんなこれ見て、何て言うだろう? 阿部君は? それともオレの服なんて、誰も気付いてくれない、かな?
 キョロキョロしながら居酒屋をめざし、夕方の繁華街を歩いてると、ふいに前の方から「タカヤさん!」って女の人の声がした。
 ドキッとしたのは、それが阿部君の名前と同じだったからだ。
 タカヤなんて名前、別に特に珍しくもない。そう思うのに、なんだか妙に突き刺さる。
 息を詰めながら視線をめぐらし、声の主を探すと……。
「マキちゃん、走んなよ」
 そう言って笑う阿部君が、すぐそこにいて、またドキッとした。
 優しい顔を「マキちゃん」って呼ばれた彼女に向け、阿部君が穏やかに笑ってる。そんな姿を見たくなくて、信じたくなくて、一気にざあっと血の気が引いた。

 もう30歳間際、いい加減結婚適齢期なのは分かってる。
 オレはまだ早いと思うし、周りだって既婚者は少数派だけど、それでもゼロって訳じゃない。結婚しててもおかしくないし、子供がいたっておかしくない。
 阿部君がモテるのは、ずっと前から分かってたことだ。付き合ってる人、いるだろうなと思ってたし、いて当然だと思ってた。
 7年ぶりに会うんだ、どう変わってたっておかしくない。
 連絡なしに、結婚してる人だっているだろうって思ってた。けど、必死でそう言い聞かせても、ショックは受ける。
 「マキちゃん」のお腹は、それと分かるくらいに大きくて。周りの音が、何もかも遠くなった。


 どのくらい呆然としてたんだろう? ポケットの中でケータイが鳴って、ハッと我に返った。
 呆然としたまま惰性で歩いちゃったみたいで、現在地がどこかも分かんない。
『三橋、今どこ? もう中入るよー?』
 水谷君の声に「えっ、うおっ」と焦りながら、キョロキョロと周りを見回した。
 結局、水谷君に言われるまま、手近なビルの名前をネットの地図で検索して、現在地を調べて、ルートを調べて、待ち合わせから30分遅れで到着した。
 当たり前だけど、もう乾杯はとうに終わってた。
「三橋、ここ、ここーっ」
 水谷君に手を振られ、「ごめん」って言いながら、座敷席の1つに入る。
 オレがやっぱ最後だったみたいで、男ばっか9人で、料理の盛られた座卓を囲んで座ってた。

「迷子になったってホントかよー?」
 久しぶりに会う仲間に、ケラケラ笑われて「う、へ」と照れる。
 恐る恐る阿部君の方をちらっと見ると、呆れたようにこっちを見てて、カーッと顔が熱くなった。
 彼の横に、お腹の大きなあの人はいない。ホッとしたけど、でも胸が痛いのには変わりなくて、居たたまれない。
 誰かに服を誉められたけど、ちっとも耳に入んなかった。
「今、何してんの?」
「結婚はって、最近親がうるさくて」
 そんな会話を聞くともなしに聞きながら、コップに注がれたビールを飲む。
「阿部は?」
 誰かが阿部君に話を向けるのを聞いた時は、ドキーンとし過ぎて心臓が止まるかと思った。

 彼の口から、何も聞きたくない。
 さっきあんなショックな場面を見せられたのに、これ以上は無理だ。そう思う時点で、多分オレはまだ、彼のことが好きなんだろう。
 引きずってないって思ってたけど、引きずってる。惨めだ。
 でも、耳を塞ぐような惨めな真似はもっとできなくて、とっさに大声が出た。
「オレ、じーちゃんから見合い写真、ダンボールにぎっしり来た!」
 みんながそれにドッと笑い、「さすがだなぁ」とか「すげー、三橋」とか、口々に声を掛けられる。
 阿部君への質問がお流れになって、ホッとした。
「そんで? 見合いすんの?」
 誰かの質問に、「う、うん」とうなずく。

 見合いなんて、分かんない。まだ実感はない。けど、阿部君がとうに誰かのものになってるなら、オレだって、って思った。
 視線を感じて目を向けると、阿部君がじっとオレの方を見つめてて――やっぱりドキッとしたし、胸が痛かったけど、ビールを飲んで誤魔化した。

(続く)

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