小説 3
29・1 (社会人・両片思い)
一人暮らしのマンションに、群馬のじーちゃんから荷物が送られてきたのは、29歳の誕生日を過ぎて少し経った頃だった。
いつも野菜や米や焼きまんじゅうなんかを送ってくれるから、今回もてっきりそうなんだと思った。
宅配便の人から受け取ったとき、いつもより軽いから「あれ?」とは思ったものの、お米が入ってないのかな、とか、そんな理由だろうと思ってた。
開けてビックリだ。ダンボールの中には、山のような見合い写真がぎっしりと詰まってた。
「これ、何……?」
ぼやいても、応えてくれる人はいない。
恐る恐る1番上の冊子を開けると、白いワンピース姿のお嬢さんがドーンと見開きで現れて、うわっと思う。
立ち姿と、上半身アップと……って、頭に入ったのはそれだけで。そっと写真を閉じ、箱に戻して、見なかったことにするしかなかった。
そういえば、お正月に会った時に結婚がどうとか言われたような気もする。
「今年でもう29だろう。いつまでもフラフラするんじゃない」
とか。
「惚れてる女の1人や2人、いないのか」
とか。
いる、って嘘をつけばきっと「連れてこい」って言われるだろうし、いないって正直に答えると「情けない」ってくるし、どうにもそういう話題は苦手だ。
じーちゃんの時代はどうだったか知らないけど、最近の初婚年齢は、平均30歳超えてるって話なんだし。焦る必要はないと思う。
実際、職場の同僚も、大学時代の同級生も、結婚してる人の方が少ない。
今はまだ、考えたくないんだけど……それじゃダメなの、かな?
高校の時のみんなは、どうなんだろう?
今年初めて、「結婚しました」って写真付きの年賀状を貰った。送り主は水谷君で、事前にメールで住所訊かれてたから、ハガキ見た瞬間「これかぁ」って思った。
水谷君の結婚を知って、「早いなぁ」って思ったんだから、やっぱ早いんじゃないのかな? 仲間内で、多分1番早い、よね?
大学卒業するまでは、割と頻繁に会ってみんなで飲み会してたけど、就職してからはそれもなくなって、すっかり疎遠だ。
今、誰がどこで暮らしてるか、どんな仕事に就いてるか、それすら曖昧で記憶にない。
ケータイのアドレスだって、変わってる人いるのかも知れない。
連絡ないまま、結婚してる人も。
――阿部君も?
ちらっと浮かんだ顔を、ぶんっと首を振って頭から追い出す。大量の見合い写真と同じく、見なかったことにしなきゃと思った。
阿部君は、高校時代の野球部のチームメイトだ。
優秀な捕手で、頭が良くて戦略もすごくて、頼りない投手だったオレをドッシリと導いてくれた相棒。
別々の大学に行った後も、大学野球での彼の活躍を聞くたび、ドキドキして誇らしかった。
格好良くて、その上硬派で、高校時代から女の子に何度も告白されてたのに、結局誰とも付き合ってなかった。野球が大事なんだって、そんな態度も格好良かった。
今はさすがに、付き合ってる人いるんだろう、な。
もしかしたら、とっくに結婚もしてるかも知れない。オレが知らないだけで、誰かと幸せに暮らしてるのかも。
そう思うと、胸がずきーんと疼いたけど、だからってどうしようもない。
阿部君に片思いしてたのは、もう10年も前のこと、で。オレだってこの10年、誰とも何もない訳じゃなかった。
久々に、甘酸っぱい初恋を思い出したのは、一種の前触れだったんだろうか?
――今度の連休、集まらない?――
水谷君から、そんな連絡が来てドキッとした。
何年ぶりかの、野球部の同期会。大学4年の夏に集まったのが最後だから、えーと……7年、ぶり?
その間に田島君や泉君、水谷君辺りとは何度か会う機会もあったけど、ホントに7年ぶりって人も多い。
みんな、大人になってるのかな?
大学4年の夏には、その頃なりに大人だって思ってたけど、今になるとやっぱり、色々若かったなぁって思う。
30歳目前。会社でもそろそろちゃんと戦力って数えられるようになって、任される仕事も責任も、少しずつ大きくなっていく。
阿部君もきっと、第一線でバリバリ働いてるんだろう、な。
格好良くなってるだろうなぁ、と思うと、すごく楽しみな反面、じりっと胸が焦げる。
オレの知らない阿部君の7年。それをオレ以外の誰かが知ってるんだなって、想像するだけで切ない。
誰かのモノになってる阿部君なんて、見たくない。
けど、そろそろ現実も見なきゃいけない時期なの、かも。部屋の隅に放置したままの、見合い写真入りのダンボールに目を向ける。
オレは男で、阿部君も男。男同士でどうこうなんて、夢見る程コドモじゃない。
阿部君にとって、オレはただの元・チームメイトだって分かってる。
ただでさえ阿部君は格好いいし、モテる、し。オレにはどうしようもない。「好き」って告げる勇気もない。
そもそも、不毛な片思いなんて別に、引きずってる訳じゃないけど――じーちゃんから「フラフラするな」って言われて、改めて考えずにはいられなかった。
もし、阿部君に付き合ってる人いるなら、オレも誰かと見合い、しよう。
もし、のろけ話を聞かされたら、オレも見合い写真の話、しよう。
もし、左手にプラチナの指輪があったら、オレも、未来の指輪を想像しよう。そうしたらきっと、耐えられる。
きっと笑顔も浮かべられる。
笑顔になれたら、「久し振り」って、自然な感じで昔みたいに話することできるかも。
「……散髪、行こう」
服も買おう。財布を持って、立ち上がる。
格好良くなってるだろう阿部君に、呆れたような顔されないように、最低限の見た目は何とかマシになりたいと思った。
(続く)
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