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小説 3
こわばる笑顔・5
 駅前の定食屋でチキンカツ定食を食い、食後のコーヒーを飲んでた時のことだ。
「試合って、結局何時からだっけ?」
 水谷がそんなことを言いながら、カバンからケータイを取り出した。
 なんかゴテッとしたスマホケースに入ってて、すげーの使ってんなとちょっと呆れた。けど、それもまあコイツらしい。
「は? 試合?」
 ゴテッたケータイから目を離し、水谷の顔に視線を移すと、ビックリしたみてーにぽかんと口を開けてこっちを見てる。
 そんな間抜け面もコイツらしい。
「知らねーよ、何の試合だよ? サークルか何かのか?」
 オレはもうチームメイトじゃねーっつの。そう言って笑うと、「違うよーっ!」って言い返された。
「オレのじゃなくて、花井のだよ。花井と三橋、練習試合するんだろ? 花井もライトで出るし、三橋も投げるっつーし、見逃せないじゃん」

 一瞬、体がこわばった。
 花井と三橋の試合――。2人の顔がバッと脳裏に浮かんで、目を逸らしても消えてくれねぇ。
『絶対、見に、来て?』
『阿部君、野球……?』
 三橋の顔と声が、鮮明によみがえって息が詰まった。
「あれっ、まさか三橋から聞いてないの?」
 裏のなさそうなまっすぐな問いに、「いや……」と目を逸らすと、「だよねー」ってうなずかれた。
「野球部入らなかったにしても、いきなりバツンと縁が切れる訳じゃないし、それくらいは聞くよね」
 分かったような言い方にムカッとしたけど、確かにそれはホントのことで、反論のしようがなかった。

 野球だけが人生じゃねぇ。野球だけで繋がってた訳でもねぇ。
 オレの態度の方が悪いんだってのは、言われなくても分かってる。分かってるけど、やるせなさはどうしようもなくて、三橋と向き合う気にはなれなかった。

「何時かは聞いてねーな。そもそもまだ1年なんだし、先発かどうかもワカンネーだろ」
 午前中だと思ってたけど、気のせいだったか? もう間に合わねぇって安心してたのが、いきなり崩れそうで不安になる。
 誤魔化すように当たり障りねぇことを口にすると、一応は納得したらしい。水谷が「そうかぁ」とうなずいた。
「そうだよねー、先発かどうか分かんないか。そりゃ部外者にそこまでは教えてくれないよね〜」
 部外者。ケータイをいじりながらのセリフに、ぐさっと来る。
「……ああ」
 搾り取るように出した相槌は、我ながら掠れた情けねぇ声だった。
 そんなオレのダメージをよそに、水谷は慣れた様子でケータイを操作し、耳に当てて「もしもーし」とか言い出してる。

 誰に電話を? その答えは、すぐに知れた。
「花井? オレオレ」
 水谷が陽気な声で、電話の相手に言ったからだ。花井の声は聞こえない。けど、砕けた雰囲気は相変わらずで、高校時代の教室の一コマがふっと頭に思い浮かぶ。
「今、阿部と一緒だよ〜、昼飯食べたトコ。……うん。……うん、でさぁ、試合って何時? ……えー? 見に行くよー? ……当たり前じゃん。ねぇ、阿部?」
 ぼうっとしてると、ふいに名前を呼ばれた。
「……あ?」
「阿部も試合、見に行くよね?」

 一瞬、返事に詰まっちまったのは仕方のねぇことだろう。
「いや……」
「ええー? じゃあ何のためにここまで来たのさ?」
 それはメシ食うためだ。心の中だけで反論し、行かねぇ言い訳を考える。けど、そんな猶予は貰えなかった。
「行かない理由なんてある? えっ、もしかして三橋が投げるとこ、見てられない?」
 水谷の顔は心底不思議そうで、裏も表もなく、含みも感じねぇ。けど、だからこそ余計に胸に突き刺さった。
 三橋がオレ以外に投げるとこなんて見たくねぇ。
 オレのいねぇ試合に、三橋が出るとこも見たくねぇ。
 けど、もどかしく思う一方で、身動き取れねぇ自分がいる。見たくねぇのは、もしかすると「不要」なオレ自身なのかも知れなかった。


 うちの大学の野球部専用野球場は、平成になって建て直された、まだまだ新しい球場だ。スコアボードは電子式だし、200席少々だけど、観覧席も勿論ある。
「早く、早く。席なくなっちゃうよー」
 水谷に急かされるまま、拒絶もできずにスタンドに向かうと、半分近くがすでに埋まってた。
 そんなにいるとは思ってなかったから、ビックリした。暇な学生が多いのか、こぞってトモダチでも呼んだのか?
「おーい、頑張れよー」
 そんな野次めいた声援をグラウンドに送り、ぎゃははと笑ってる連中もいる。
 グラウンドにいるのは、うちの大学のチームだろう。背番号こそねぇけどちゃんと大学のユニフォーム着て、グラウンドを整備してた。
 あのユニフォームを着る自分を、何度も想像してたのに――。
 胸が痛くて視線を逸らすと、ブルペンが目に入ってドキッとする。

「あっ、三橋だ」
 真横で水谷が能天気に声を上げ、それにもまたドキッとした。
「手ぇ振ったら気付くかな?」
「……気付く訳ねーだろ」
 立ち上がりかける水谷にツッコミを入れ、腕を引いて座らせる。
「大人しく座っとけよ、ガキか」
 わざと呆れたように言い放ったのは、手なんか振られたら困るからだ。三橋に気付かれたくねぇ。三橋の注目を集めたくねぇ。
 普段着を着て、観客席にいるオレを、三橋に見られたくなかった。
 わざわざ試合を見に来たんだと、誤解されたくもなかった。

「ひどっ」
 水谷が、文句を言いつつ苦笑する。
「三橋、先発かな?」
「……どうだろな」
 水谷の問いに適当に応えながら、頭の中で「いや」と思った。いや、先発じゃねぇだろう、って。
 オレなら先発には、正統派の速球投手を持ってくる。三橋は中継ぎだ。あのコントロールと球種の多さとで中盤戦を翻弄し、終盤は力投派の投手で抑え込む。
 そうすれば花井でも――。
 ぼうっとそんなことを考えてると、また真横で水谷が声を上げた。
「花井だ!」
 ドキッとして、ハッと我に返る。
 今オレは、何を考えてた? 投手のオーダー? バカらしい。

 もう野球は辞めたんだ。野球だけが人生じゃねーし、野球を辞めたからって、何もかも終わる訳じゃねぇ。野球をやってねぇオレがいたっていい。
 頭を強く振り、整備の終わったらしいグラウンドをじっと睨む。
 ライトの守備位置に、見慣れた長身の姿があって、それにもちくりと違和感を覚えた。

(続く)

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