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小説 3
こわばる笑顔・4
「野球は今でも好きだけど、高3の引退で燃え尽きちゃったかなぁ」
 久々に会った水谷は、いつも通りの緩い口調で野球について語った。
 5月1日、午前10時。
 最寄駅で落ち合い、電車で水谷のオススメのバッセンに向かう。バッセンなんて近所にいくらでもあんのに……と思ったけど、たまにはよそに行くのもいいか。
 それに、周辺のバッセンには三橋との思い出がちらほらある。記憶を掘り出されて苦い思いを味わうくらいなら、多少面倒臭い方がマシだ。
 水谷に案内されたのは、都心近くのキレーでオシャレなとこだった。
 真新しいビルの1階にあって、上にはゲーセンや映画館、レストラン街も勿論ある。最近できたばっかなのか建物も新しくて、フロアの床もピカピカだ。
 こんなとこ、高いんじゃねーか? 1目見るなりそう思ったけど、水谷が言うには、そうでもねぇらしい。
「東京ドームとかよりマシだよー」
 って。あれは別格だろっつの。比べる方が間違ってる。

「お前って、どこの大学行ったんだっけ?」
 イマイチ記憶になくて訊くと、「ひどっ」って文句付きで笑われた。
「A大だよー、花井と同じ。つっても、学部は違うけど」
「A大って、この近くじゃねーだろ?」
 むしろ、山手線挟んで反対側に近い。あっちの野球部にも見学に行ったから、よく覚えてる。ここならオレの大学の方が、電車1本で行ける分近いくらいだ。
 なのに、なぜ?
 けど、そんな疑問は受付を見て霧散した。
「いらっしゃいませー、珍しい組み合わせだね」
 にこやかにそう言ってオレらを出迎えたのは、オレらの共通の知り合い、野球部マネジの篠岡だった。

 水谷が篠岡に片思いしててどうこうって話は、オレの耳にも入ってた。
 正直、興味はなかったから、その後どうなったか気にしてなかったけど――じゃあ、告白でもしたんだろうか?
 自分の状況と思い比べて、じりっと胸の奥が焦げる。
『好き、です』
 拙い告白と、精一杯それを躱した自分の答えを思い出しかけ、慌ててそれを振り払う。
「どうでもいーや、打つぞ」
 レーンは9本。そのうちの1つはストラックアウトで、ちらっと見た限り、電子式の最新版だ。
 軟式しかねぇのは、土地柄だろうか? 球速も65キロから選べるみてーで、マジで練習してぇって客より、映画のついでや時間つぶしにちょっと寄るみてーな、そんな客の方が多そうだ。
 28球で300円。確かにそう高いって訳でもねーなと思いつつ、100円玉を機械に入れて金属バットを適当に選ぶ。
 選んだのは130キロ。無心にバットをぶんっと振ると、初球からいきなりホームランが出て、軟式だしなと思いつつ、ちょっとだけ気分がよくなった。

 来たときはオレらしかいなかったバッセンも、サービスだっつードリンクを飲みながら、休み休みボックスに入って打ってるうちに、ちらほらと混んできた。
 何かの映画の入れ替え時間にでもなったんだろうか? 
 別にギャラリーが多かろうが、周りが騒がしかろうがどうでもいいけど、さすがにレーンに入りびたりって訳にもいかねぇ。
「そろそろメシ行かない?」
 水谷に促され、「そーだな」と移動することになった。
「2人とも、ありがとね。またどうぞ」
 篠岡がカウンターから手を振ってくれた。

「試合って、午後からになったんだっけ? いいなぁ、私も見たかった」
「ははは、残念。結果は後で教えるよ〜」
 そんなやり取りを聞きながら、2人からそっと目を逸らす。
 野球だけが人生じゃねぇし、ガムシャラにやるだけが野球じゃねぇ。スカートにハイヒールで、65キロの球を打とうとすんのも、また野球だ。
「じゃーねー」
 そんな挨拶を聞いて振り向くと、水谷はいつも以上に緩んだ顔で笑ってた。
「……お前にとって野球って何?」
 思わず口から出た問いに、水谷は「ええっ」と間抜けに目を見開いた。
「いや、なんでもねぇ。メシ、どこ行く?」
 慌てて取り消し、大股で歩き出すと、水谷が「ええーっ」って言いながらついてくる。
 こんな都心に近いとこ、どこで食っても高そうで混んでそうだ。試しに同じビルの中にあるレストラン街を覗いてみたけど、どの店にも行列ができててうんざりした。

 イマイチ土地勘もねぇし、穴場的な店も知らねぇ。
 空いてる店探して延々街をうろつくより、いっそ電車でうちの大学んとこまで移動した方が早ぇし安いし美味いんじゃねーか? そう思った時――。
「阿部の大学の近くに、いい店ないの〜?」
 そんな風に言われて、おっ、と思った。
 水谷と以心伝心ってのはビミョーだけど、説明がいらねーのは面倒臭くなくていい。
「おー、オレもちょうどそれ考えてた。30分くらいかかるけど、行くか?」
 問いかけながら、応えも訊かずに駅に向かって歩き出す。
 駅前の定食屋、角の洋食屋、ガッツリライスモダンが有名なお好み焼き屋……。いつも目にする数軒の店を思い出し、何食おうかな、と考えた。
 なんで水谷が、うちの大学に行こうつって言い出したのか、その辺は全く頭になかった。
 篠岡との会話も、聞いてたようで聞いてなかった。何の試合かも気にしてなかった。2人だけの会話だろうと思ってた。
 三橋のことも、思い出さねぇよう努めてた。

「オレにとっての野球はねー、青春の1ページかな」
 電車に乗ってから、水谷がにへっと笑いながら言った。不意打ちで時間差で応えられて、とっさに「あ、そう」としか言いようがねぇ。
 コイツにとっては、もういい思い出になってんだな。
「阿部は〜?」
 緩く訊かれて、ドキッとする。
 オレにとってもいい思い出だ、と、とっさに言うことはできなかった。

(続く)

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