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小説 3
こわばる笑顔・3
 高校時代にいくら青春をかけ、活躍し、立派な成績を残したとしても、みんながみんな野球の道に進む訳じゃねぇ。
 谷嶋がちらっと言いかけてたように、大学進学を機に野球を辞めるヤツもいるし、趣味程度にとどめとくヤツもいる。
 大学で辞めようが、高校で辞めようが、早いか遅いかの違いだけで、珍しくもねぇ話だ。ああだこうだととやかく言われる筋合いもなかった。
 オレみてーに理系に進学したヤツん中では、運動部に入らねぇヤツは特に多い。必修講義が多いのと、午後に学生実習があるせいだ。
 特に学生実習は、時間割が年間できっちり決まってっから、選択の余地がねぇ。勿論必修だし、重要だしテストもある。
 中にはオレと同じ理工学部で、スポーツ推薦で入学してきた猛者もいるらしーけど、野球部じゃねぇし……どこの部であれ、これから大変だろうなと思った。 
 複雑な思いを抱えつつ、それでも「どうしても野球」ってなんなかったのは、同期全員が野球を続けてる訳じゃねぇってのも大きい。
 西広や水谷――特に医学部に進んだ西広は、高校できっぱり辞めるつもりだっつって、高3になる前から宣言してた。

 それと同じだと考えりゃ、そんなもんだよな、とも思う。
 野球ばっかが人生じゃねーし、他にも大事なことはいっぱいある。運転免許だって取りに行きてぇし、バイトだってやってみてぇ。
 野球がなくても、三橋がなくても、それなりに大学生活は充実しそうだった。
 幸いなのは、親にとやかく言われなかったことだろう。
「お前が決めたんなら、好きにしろ」
 親父はそう言って、入部も入寮もしねぇって選択を認めてくれた。
 1つ違いの弟が、野球の気配をまき散らすのはちょっと勘弁して欲しかったけど、いつかはそれも慣れるだろう。
「兄ちゃん、ホントに野球辞めんの?」
 無邪気な弟の問いに、グサッと傷付くこともあるけど、「おー」って返事しながら笑みを浮かべるのも慣れた。

――野球、辞めないよね?――
 三橋から貰ったメールの方が、よっぽど痛い。
 オレなんかに、なんでそんな執着するんだ? 初めての捕手だから? 初めて組んだ、ちゃんとしたバッテリーだったからか?
 野球がなくても人生は続く。
 同様に、オレがいなくても三橋の野球は続いてて――それはやっぱ、直視したくねぇ事実だった。


 ゴールデンウィークに入る前に、レポートの宿題がたっぷりと出た。
 中でも厄介なのは、英語Tの英文レポートだ。「大学生活に向けての抱負について、シングルスペースで3000文字以上」って、いきなり言われてもどんだけの量だか分かんねぇ。
 大学生活についての抱負もねぇ。
 調べると、どうやらワードの基本設定のままで書いて、約6ページ分らしい。当たり障りのねぇことで6ページ分なんて稼げそうにねぇし、語りてぇ抱負も何もねぇから、途方に暮れる。
 早めに着手しとくに越したことはねぇと思った。
 ……三橋は、宿題レポート大丈夫なんだろうか? そんな心配がふわっと心に落ちて、慌ててぶんっと首を振る。
 三橋はそれこそ大丈夫だろう。野球部の寮には同期も多いし、先輩だっている。谷嶋だって気にかけてるみてーだし、オレが気ィ回す必要はねぇ。
 三橋にはオレは必要ねぇ。そのことをアイツも、そろそろ気付き始めてんじゃねーのかな?

 カレンダーの4月が終わってくのから目を逸らし、自分のノーパソに向き直る。
 ――5月1日。
 ――三橋が投げる。
 谷嶋の言葉を頭ん中に封じ込め、辞書アプリを駆使しながら、当たり障りねぇ文を書いていく。

 I want to live totally different lives at this university.
 That is life without the baseball.

 野球だけが人生じゃねぇ。三橋だけが投手じゃねーし、オレだけが捕手な訳でもねぇ。
 オレ1人野球を辞めたって、誰にも何にも影響しねぇ。

 I want to take the driver's license and want to experience the part-time job.

 これで30文字。あと100倍。もし、こんだけのことを100回繰り返して書けば、堂々と口に出せるようになんのかな?

 水谷から「遊びに行こう」って連絡が来たのは、どうにか1000文字書き終えた頃だった。
――どうせ暇でしょ?――
 って。暇じゃねーっつの。水谷んとこはレポート提出、なかったのか?
――レポート英文3000文字――
 短く書くと、「頑張れ」ってすげー軽い励ましが返ってきた。
 イラッとしつつ、そんでもパソコンを閉じる気になったのは、そんなやり取りが懐かしくなったからだ。
 オレと同じく理系に進み、野球はサークルで、趣味として楽しむことにしたらしい水谷。
――バッセン行かない?――
 そんな誘いも、水谷からだと随分軽くて、「まあいいか」って思えてくる。

 日にちを訊いたら5月1日はどうだって言われて、それにも惹かれた。
『絶対来て、ね』
 一瞬三橋の顔が浮かび、ちくんと胸を刺したけど……気付かねぇフリして「いーぜ」と答える。
 家でゴロゴロして過ごすより、旧友と過ごしてパァッと遊んで、何もかも頭から吹き飛ばせばいい。そうしたらきっと、忘れられる。
 この思いも、減っていく。
 今はそれを願って、4月のカレンダーの終わりに予定を書き込むのが精いっぱいだった。

(続く)

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