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小説 3
こわばる笑顔・2
 三橋に推薦受験の顛末を話さなかったのは、動揺も心配もさせたくなかったからってのが大きい。
 ほとんど決まりだっつっても、何があるか分かんねーし、油断も慢心も禁物だと思った。オレのせいでとんでもねぇミスやらかすとか、シャレになんねぇ事態は避けたい。
 オレとは違って才能あるんだ。確実にそれを伸ばせるだろう、M大に進んで貰いてぇ。
 三橋の受験が終わるまで、極力マイナスの情報は与えねぇようにしようと思った。

 けど今になって考えりゃ、あの時すぐにサラッと話しときゃよかったんだな。「やっぱ推薦辞めて、実力で受けるわ」って。
 そしたら、「そうか、頑張ってね」とか言われて、それで終わりにできたんだろう。
 結局、どう説明しようかと考えてるうちに時期を逸して、サラッと話すことができなくなった。胸のモヤモヤが大きくなって、三橋を賞賛できなくもなった。
 そんで1週間が過ぎ、2週間が過ぎ……やがて「今更」って時期になって、話の持って行きようがなくなった。
 三橋からも、「阿部君、どう?」なんて訊かれなかった。
 一般入試にシフトしたこと、三橋にだけ話さなかった訳じゃねぇ。他のヤツらには訊かれたが、三橋には訊かれなかった。ただそんだけのことだ。
 けど、ただそんだけのことでも気まずかったのは言うまでもねぇ。
 三橋はオレに興味がねぇのか。そんなことを思い知り――そのうち、どんな顔して会えばいいのか、分かんなくなった。

 3学期に入り、自由登校になってからは、ほとんど学校にも行かなかった。それより親に頼んで、予備校に1ヶ月通わして貰う方が有意義だと思った。
 どうせ三橋だって、学校にいねぇ。今頃はきっと、大学の練習に参加させて貰って、有意義な時間を過ごしてるだろう。
 オレだって――って思う心は、それなりに勉強の励みになった。
 その一方で、なんでオレだけ、とも思った。
 なんでオレだけ、こんなガムシャラに勉強して、受験に必死になってんだろう? 才能か? 学力か? それとも、進学の動機が不純だから?
 ――オレが、先方に求められてねぇからか?
『キミ程度の捕手ならいっぱいいるんだよ』
『M大にこだわる必要ないだろう』
 へとへとになった心に、ささやかな毒が回ってく。

 無事合格通知を貰った時は、不覚にもちょっと泣きそうになった。けど、そんな弱いトコ、誰にも三橋にも見せたくなかった。
 ホントは言いたかった。「受かったぞ」って。
「これで春から一緒だな」
 って。
 けど、未来と自分の才能を夢見るには、オレは疲れ過ぎてて……。
『一般で野球部に入ったって、オレなんか』
 そんな毒に、染められた。

 笑顔、笑顔。ひたすら平常心を心がけ、普通の笑顔を作れるように努力した。
 花井や泉には「嘘くさい笑み」とかなじられたけど、毒に膿んだ顔よりマシだと思う。
「好き、です」
 三橋から拙い告白を貰った時も、笑顔で躱せたのは努力の成果だ。
 ひとの気も知らねぇで。そんなののしる言葉を打ち消し、「オレもだぜ」って笑顔で告げる。
 気まずくて、眩しくて、遠くて――顔をまっすぐ見ることすら、気合が必要なくらいなのに。それでどうしてオレなんかが、不用意に「好き」だと言えるだろう?
 募る思いを殺してくうちに、きっとそれも減っていく。早く減って、ゼロになればいい。

 朝の講義室を、とぼとぼと出てく三橋の後ろ姿から目を逸らす。
 駆け寄って「ごめん」って言いたくなるのを、ぐっと飲み込み、席に着く。
 光の中で未来だけ見て、無邪気に野球を続ける三橋。オレがずっと側にいるって疑ってもなかっただろう。
 元々自己評価が低く、自信なんて欠片もなかったあいつのことだ。自分程度の投手なんていっぱいいるって、誰に言われたって、オレほどのショックは受けねぇに違いねぇ。
 同期の野球部員の中に、きっと何人投手がいても、争う覚悟ができている。
 三橋は強い。オレとは違う。
 オレがいてもいなくても、ずっと野球を続けてくだろう。
 オレの不在に、最初は親とはぐれたヒヨコみてーに不安そうにすんだろうけど、それもじきに慣れるだろう。
 ――オレのことが好きだって思いも、それと多分似たようなもので。大学に入って、もっといっぱいの人間に囲まれりゃ、そん中に埋没するだろう。

 寮や部でうまくいってんのか、と、心配したこともあったけど、じきに大丈夫そうだと知った。
 不必要なヒイキをされることもなけりゃ、イジメを受ける様子もねぇ。先輩や指導陣にしごかれつつ、居場所を見つけてんのが分かる。
 ほら、三橋は大丈夫なんだ――と、ホッとする反面、悔しくも思った。
 けど「オレだって」って思いは「オレなんか」って弱気に凌駕され、今更入部届を出す勇気もない。
 どうぜ大して求められてねぇし……三橋も、谷嶋に随分なついてるし。オレの入り込む余地はねぇだろう。
 何も見ねぇよう、背を向けるしかなかった。


 全国でも強豪の1つとして数えられる、うちの大学の硬式野球部は、成果を出すなりに優遇されてて、専用球場も持っている。
 野球部の練習も、その球場で行われるのがいつものことだ。その辺りに近寄れば、カーン、カキーン、と木製バットの音が響く。
 去年の秋、何度も見学に訪れた場所だから、教えられなくても分かってる。
「おーい、集中!」
「はいっ!」
 時々、そんなやり取りも聞こえて胸が痛い。
 白い練習着姿の選手たちが、ザッザッとランニングしてるのを学内で見かけることもある。
 一般学生に紛れたオレには、遠い世界だ。
 全員が寮生だから、朝から晩まで野球漬けの生活をきっと送るんだろう。三橋も谷嶋も、そうなんだろう。

 けど、オレにはもう関係のないことで。
 三橋への気持ちと同様、野球への思いも、殺し続けてりゃいつか減る。きっと減ってくハズだった。

(続く)

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