小説 3 あるキャプテンの生ぬるい応援・中編 篠岡のテンションは、10分経っても20分経っても変わらなかった。 「そもそも告白とは何たるかを、あの2人は知らな過ぎます!」 大声でスピーチを続ける篠岡、黒板の横に立ち、腕組みしてうんうんとうなずくカントク。神妙な顔を装って、2人の話を延々聴かされるのは、8人の憐れな子羊だ。 告白の何たるかなんて、オレだって知らねぇっつの。なあ、恋愛より甲子園じゃねーの? はあ、とため息をついてると、「花井君!」と名指しされた。 「告白において1番に伝えるべき、大事なことは何だと思いますか?」 「こ……はあっ!?」 三橋のようにうろたえて、カーッと顔が熱くなる。なんでオレにそれを訊く? 答えらんねーで戸惑ってると、「真面目に考えてっ」って怒られた。意味が分かんねぇ。 「好きってことじゃねーの?」 投げやりな口調で、横から答えたのは泉だ。 「だよねぇ、基本だよねぇ」 オレの隣で、栄口もうなずいてる。 だが篠岡は、バァンと教卓を叩いて「違います」とキッパリ言った。 「それじゃあ、あの2人と一緒ですよ。いいですか『好き』って言うだけじゃ、恋人になれない。それはあの2人が証明してます。大事なのは、交際の申し込みなんです!」 篠岡の言葉に、オレらは誰ともなく顔を見合わせた。 交際の申し込みって、いわゆる「付き合おう」って言うことか? まあ、確かに大事だろうけど、何だかな……。 「いいですか、交際の申し込みをした場合の告白の成功率は、72%なのに対し、思いを伝えるだけだった場合、成功率は40%にまで下がってしまうんです! 言葉というものがいかに大事か、分かりますねっ?」 と、そこで「はーい」と田島がニヤッと笑いながら手を挙げた。 「でもオレ、この間、阿部が三橋に『付き合ってくんねーか』って言ってたの聞いたぜ。でも三橋は、『うん、どこ、へ?』って嬉しそうに笑ってた。なあ?」 なあ、と話を向けられたのは泉だ。どうやらその場所に居合わせたらしいが、まるで興味なさそうにしてる。 「いつものことだろ。お前らも慣れろ」 って。いや、慣れたくはねぇけど、その状況は容易に頭ん中に浮かぶ。 「付き合って」つって「どこへ?」って返されんのはお約束と言えばお約束だけど、自分がされたらヘコむよな。 田島と泉のやり取りを聞きながら、マネジとカントクの方を見ると、腐った女2人は「きゃあ」と声を上げながら悶えてる。 「あの2人らしいですね」 「そうだね、ますますやる気が沸いて来るね」 女2人のテンションがきゃあきゃあと上がってく一方、オレらのテンションはどんどんと生ぬるくなっていく。ついて行けねぇ。 「そういえば先週ですよ。三橋君が勇気を振り絞ったように、あの白い顔を真っ赤に染めて、阿部君に訊いたんです。『明日、暇?』って。デートのお誘いですよ、私にはピーンと来ましたよ。なのに、阿部君は何て言ったと思います? 『暇な訳ねーだろ。宿題もあるんだし』って! 宿題なんか、西広君に見せて貰えば済む話なのに!」 いやいや、と思ったけど言えなかった。モモカンがうんうんとうなずいてたからだ。 モモカンは「だよねぇ」ってうなずいてる。いや、そこはうなずいちゃダメだろう? 西広の方をちらっと見ると、いきなり名前を呼ばれたせいで、「えっ、オレ?」って慌ててる。 西広は野球部員の中で1番の成績優秀者だ。そのくせ「テスト勉強」ってものをしたことがねぇという。中間試験だ、期末試験だ、っつってテスト前に慌てて勉強してるようじゃ、一生かなわねぇってことだ。 けどその西広も、篠岡の迫力にはかなわねぇらしい。 「西広君といえば、この間の期末試験の直前、三橋君に付きっきりで勉強見てあげてたよね。何考えてるの? 三橋君のこと、狙ってるの?」 篠岡の糾弾が、しんとした視聴覚室に空しく響く。三橋狙いって、そりゃ濡れ衣にも程がある。野球部全員をホモにするな。 「えっ、ご、ごめん……?」 疑問系で謝る西広。 そりゃ納得いかねーよな。いや、謝る必要はねーと思うぞ? だって、エースが赤点じゃ困る訳だし、三橋の赤点回避のため、西広が家庭教師みてーに教えてやれるのは心強い。 けど、篠岡の言い分は違うようだ。 「三橋君は勉強が苦手、阿部君は勉強が得意。そんな2人には『一緒に勉強しよう』っていうイベントが定番じゃないですか! 2人きりの密室、息のかかる距離。向かい合って座るより、斜め後ろからこう、壁ドンならぬ机ドンの格好で……!」 興奮する篠岡に、モモカンも当てられたのか、「いいわぁ〜っ」と奇声を上げた。 「『阿部君、この問題、わかんない』とはかなげに上目遣いで見上げてくる三橋君に、阿部君は『ちっ、仕方ねーな』なんて渋々のフリしていそいそと、手取り足取り腰取り……!」 「でっすよねぇ〜っ!」 モモカンの妄想に大声で賛同して、篠岡が再びビシッと西広を指差した。 「そんな思い人たちの格好のイベントを、あなたは無残にも壊してしまったんですよ! イベントクラッシャー! あの時あなた方が採るべきだったのは、三橋君に勉強を教えてあげることじゃない。『阿部に教えて貰いな』って誘導してあげることだったんです!」 「えっ……ごめん……?」 西広が、また疑問形で謝った。 それを丸っきりスルーして、口を開いたのはカントクだ。 「勉強する場所は、できればどちらかの家がいいよねぇ」 すると、「そうなんですよ!」と篠岡が喚いた。「さすがカントク、スゴイです!」って。 「告白の成功率は、場所も大きく関係するんです! 学校で告白した場合の成功率は、たったの23%。それが、相手の家で告白した場合には、80%にまで跳ね上がるんです! スゴイでしょう!?」 バンバンバァン、と篠岡が黒板を叩いた。 どこからそんなデータ引っ張り出して来たんだろうか? スゲー怪しい。 怪しいけど口には出せず、オレは周りを見回した。 「思いを伝えあうのも不器用、精一杯のつたない告白も空振り。こうなったらやっぱり、背中をドカンと押すしかないね」 モモカンが思いつめたような顔で、オレらの方に1歩踏み出した。 パチパチパチパチ、と感極まったような拍手が響いたけど、残念ながら拍手してんのはマネジの篠岡だけだった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |