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小説 3
信号は青だった・5
 オレが事故に巻き込まれたこと、世間では結構ニュースになってるみたい。
 繁華街での事故で、目撃者も多かったし。他に重大事件とかも特になかったから、格好のネタになったんじゃないかって。
「お前、退院する時は記者会見が必要かもな」
 泉君にそう言われ、「うええーっ」とぼやく。
 記者会見って、オレが? なんで? まだプロにもなってないのに? それはさすがに冗談だよね?
 注目して貰えるのは嬉しいけど、恥ずかしい。
 それに、そんなに世間に注目されてるのに、阿部君はちっとも顔を見せてくれなくて、分かってたけど地味にショックだ。
 別に、来られても困るし、会話ないし、気まずいだけだからいいんだけど。でも、もう他に恋人ができたら、オレのことなんて心配もしてくれないのかな?

 泉君と入れ違いにオヤも来て、それから翌日には、球団の人たちも来てくれた。監督とコーチとピッチングコーチ、3人も。
 ニュースがどうとか、泉君が大袈裟に言ったんじゃないかと思ってたけど、案外そうでもないのかも知れない。
「具合はどうだね?」
 前触れもなく病室に来られて、ホントにビックリした。あらかじめ病院とも話をしてきたみたいで、「大したケガじゃなくて良かったね」って言われた。
「車に跳ねられた人も、命に別状はなかったようだし。三橋君のお手柄だね」

 でも、同時に叱られもしたんだ。
「体が資本なんだから、無茶はしないように」
 って。
「君だって、後ろで支えてくれた人がいなければ、それだけの軽傷じゃ済まなかったかも知れないよ」
 後ろで支えてくれた人――。
 コーチのその言葉を聞いて、そう言えば倒れる直前、誰かにぶつかったなって思い出した。
 その人はどうなったんだろう?
 ただの通行人? 2人分の体重と衝撃とを支えたんだから、かなり負荷がかかったよね。

「退院が決まったら連絡するように」
 そう言って、監督さんたちが帰った後、1人で歩いてトイレに行った。
 打ち身であちこち痛いけど、歩けないって程じゃない。ホントに……軽傷だ。これも、オレの後ろにいた人のお陰かも?
 誰なんだろう? 無事なのかな? お礼、言いに行った方がいいのかな?
 オレが受け止めた人は、今朝、家族の方がお礼を言いに来てくれた。
 お礼より、貰ったフルーツの盛り合わせより、「プロでのご活躍を応援します」って言われたことの方が嬉しかった。
 オレも、お礼に行くべきかな? 手ぶらじゃマズイかな? どうだろう?
 どうして泉君も、今朝来てたオヤも、そのこと教えてくれなかったんだろう? それとも、オレが寝てる間に挨拶に行ってくれたのかな?

 壁際の手すりに時々縋りつつ、長い廊下をゆっくりと進む。
 病院ってもっとしーんとしてる印象があったけど、週末で面会の人が多いのか、色んな人とすれ違った。
 中には笑い声の聞こえてる病室もあって、賑やかだなーと思う。
 個室だからあんま気にしてなかったけど、球団の監督さんたちだけじゃなくて、その前に大学の監督や仲間たちも来てくれたし、騒がしくなかったかな?
 トイレの後、ナースセンターにちょっと寄って、ダメ元で「すみません」って声をかけた。
「あの、事故の時、オレの後ろにいた人って、どなたか分かります、か?」
 するとナースさんは、「ちょっと待ってくださいね」って、笑顔でささっと調べてくれた。
 てきぱきと仕事する女の人の横顔は、ナースさんに限らずいいなぁと思う。恋とかときめきとかそういうんじゃないけど、いいなぁ、って。
 マネジにもそう感じる時があるけど、阿部君も……そうだったんだろうか?

 オレは、阿部君が作業してる姿を見るのも好きだったよ?
 ボールを磨いたり、ミットを磨いたりしてる横顔も。トンボを持って、丁寧にグラウンド整備してる立ち姿も。
 ちょっとうつむいて、防具をつけてる試合前の顔も。真剣にスコアを取る顔も。
 一緒に住み始めてからの、洗濯物を干す仕草や、ジャージの裾をまくって風呂掃除してる姿も。みんな好きだった。
 阿部君は違ったの?
 もう、オレが何かをしてる姿見て、いいなぁとは思ってくれないのかな?

 ぼうっとそんなこと考えてたから、ナースさんに呼ばれた時は、ドキッとした。
「5015室の壁際、阿部さんって方ですね」
 その言葉にも、ドキッとした。
 阿部さんって……そりゃ、そんな珍しい名前じゃない、けど。偶然、かな?
「ありがとうござい、ます」
 動揺を隠しつつ、お礼を言って廊下を戻る。
 5015、5015……。頭の中で唱えながら病室を探すと、さっきトイレに行く時に前を通った、あの賑やかな部屋だった。
 4人部屋みたい。部屋の入り口の横には、「阿部隆也」って書かれた名札があって、またドキッとした。
 阿部君? 阿部君なの、か? オレ、阿部君から走って逃げたハズなのに、なんでオレのすぐ後ろに? ダッシュで追いかけて来たのかな?
 ……なんで?

 じわっと胸が熱くなるのを感じながら、恐る恐る病室を覗く。
 怒りもショックも嫌悪感も、全部この時は忘れてた。忘れて、ただ恋人に対する素直な気持ちだけが、一瞬丸裸で胸にあった。
 オレを後ろで支えてくれた、オレを守ってくれた人が、阿部君だと知って嬉しかった。そう、嬉しかった。
 まだ大事にされてるんだと思った。
 オレのコト大事だから、きっと助けてくれたんだ、って。
 目が覚めた後、オレの元に来てくれなかったのだって、阿部君自身がケガしてたんだとしたら、ムリもない。
 なんだ、そうだったのか、って。そう思った。

 ――けど。

 恐る恐る顔を覗かせた先、ナースさんに教えて貰ったベッドでは――。
 阿部君の足の真横に、あのマネジの子が親しげに腰掛けて、明るい声で笑ってた。

(続く)

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