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小説 3
まなざしの行方・6
 一度はおいとましたものの、どうしても気になって仕方がないので、試合が終わるまで待つことにした。
 久し振りに当家の個室に入り、チームの試合を観戦する。
 隆也さんにお会いしたい一心で通い詰めていた以来のことで、球場内の雰囲気も随分久し振りだ。
 以前は選手紹介の映像も漠然と眺めていたものだったけれど、そこに三橋さんの名を見付けると、気分がぐんと高まった。
 知っている方がいるのといないのとでは、試合に向ける視点も変わる。
 ……隆也さんも、一緒ならいいのに。
 観戦する資格がない、と――以前隆也さんに言われた記憶がちくりと胸を刺したけれど、それも三橋さんの応援をすることで、少し忘れた。

 光の中に立つ三橋さんは、とても格好良かった。
 隆也さんに抱くような恋しい気持ちではないけれど、好ましいし応援したい。ファン心理とは、こういうものだろうか?
 口角をくっと上げた顔で、真剣な目で、捕手のサインに三橋さんがうなずく。
 個室の大モニターで拝見する雄姿も、外の観覧席から見る試合の全体も、どちらもとても気になった。
 音もなく打たれた飛球の軌跡を、大勢の観客と共に追いかける。
 外野手が見事に捕球した瞬間、私もみんなと一緒に「わあっ」と歓声を上げた。

 その後三橋さんは1点を入れられたものの、3対1で見事、勝利投手となった。
 隆也さんはこの結果を、TVや新聞で知られるのだろうか?
 あの三橋さんの熱愛報道から数日、彼とはお話ができていない。三橋さんとお会いしたことも、まだお知らせできてなかった。
 私からいつものように、お電話を差し上げるべきなのは分かっている。
 待ち合わせの確認や、「1時間遅れる」などの連絡以外で、彼から電話をいただいたことはない。だから今回も、きっと私の方からお誘いしなければいけないのだろう。
 けれど――。
『1人にしてくれ』
 あの日の別れ際、お辛そうに言われた時の彼の様子が気になって、何となく連絡を取りそびれていた。

 三橋さんのことばかり、考えていたせいもあるだろう。
 いつも冷静な隆也さんを、あんなに動揺させた人に、単純に興味がわいただけだったのに。今ではすっかりファンになってしまった。
 もっと彼のお話が聞きたい。
 隆也さんとも仲直りして欲しい。
 どうして、何が原因で、疎遠になってしまったのか、三橋さんは教えてはくださらなかったけれど、いつか隆也さんの口から、お聞きすることもできるだろうか?
 そうして数年後の私たちの結婚式には――三橋さんをご招待することもできるかな?
 あれこれと幸せな想像に浸りつつ、球場の個室を後にする。
 ミーティングを終えられた後、少しお時間を頂けないかと、顔見知りのスタッフの方に伝言を頼み、関係者出入り口から外に出る。

 球場の周りには、まだ多くの観客が歩いていて、試合後の熱気を残していた。
 ライトに照らされた夜空は明るく、空気がまだざわめいている。
 私に気を遣ってくださったのか、それともミーティング自体が短かったのか? それほど待たない内に、三橋さんが現れた。
「お嬢さん……っ」
 私を呼び、三橋さんが困ったように眉を下げた。
 どうして彼はいつも、私を見て困った顔をするのだろう? 呼びつけてばかりで、ご迷惑だろうか?
「今日の試合、拝見しました。勝利投手、おめでとうございます」
 軽く会釈をして笑顔で告げると、三橋さんは左右に視線を揺らして、小さく笑った。
「ありがとうござい、ます」
 三橋さんは穏やかな声で、私に頭を下げ、礼を言ってくれたけれど……。

「でも、もう来られない方がいい、です。オレに会うのはきっと、あ、阿部君も、いい顔しない」
 そう言って、眉を下げたまま笑みを浮かべた。

「え……?」
 隆也さんが? いい顔をしない? なぜ?
 まったく理解できなくて、返す言葉も見付からない。でもそれより、三橋さんの表情の方が気になった。
 笑みを浮かべてはいるものの、とても笑っているようには見えなくて。
「どうか、なさいましたの?」
 私は首を傾げ、目の前の彼をじっと見上げた。
 ユニフォームを脱ぎ、普段着なのだろうか、ラフなポロシャツを着た三橋さんは、こうして見ると普通の青年のように見える。
 有名なプロ選手だって、人並みに泣いたり怒ったり、恋したりするのだろう。

「……私、ご迷惑でしたか?」
 多少の自己嫌悪と傷心に、頬を熱くしながら問いかける。
 三橋さんは「い、え」って首を振ってくれたけれど、その顔はやはり、笑っているのに泣いてるように見えた。

 やや向こうで、「三橋だ!」と声が上がったのは、その直後のことだった。
 ハッと振り向くより早く、パシャパシャと眩しい光が浴びせられる。
 カメラのフラッシュだと気付いたものの、とっさのことで、どうすればいいのか分からない。
「三橋さん、熱愛についてどうか一言!」
「お相手の方は噂を否定されましたが、今のお気持ちは?」
「別の女性と密会ということは、先日のスクープは間違いという事でよろしいでしょうか?」
 間断なく浴びせられるフラッシュに、目がくらんだ。
 三橋さんが私をさり気なく背中に庇い、マスコミの方々から守ってくれる。
「ハッキリしろ!」
 向こうから怒声が聞こえて、ドキッと心臓が跳ね上がった。

「結婚も恋愛も、当面は、考えておりません」
 凛とした三橋さんの声。
「どういう意味ですか?」
「熱愛はなかった、という解釈でいいんですか?」
 白熱する取材、揉み合う報道陣、どんどん増える人垣に、呼吸と鼓動が速くなる。
 ――怖い。
 足元がふわふわして、まっすぐ立っていられない。
『オレにもてめぇにも、野球を観る資格なんてねーんだよ!』
 隆也さんの怒鳴り声がよみがえる。

「デタラメ言うな!」
 すぐ近くで響く怒声。
 私に向けられた感情ではないけれど、それでも恐ろしいことに変わりはなくて……。

「お嬢さんっ!?」
 意識を失う直前、三橋さんの叫びを聞いたような気がした。

(続く)

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