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小説 3
まなざしの行方・4
 三橋さんは私の前に立ち、私とグラウンドの仲間の方を見比べて、戸惑ったように眉を下げた。
「あの……こんにち、は?」
 少し高めの、穏やかな声。
 隆也さんと同じくらい背が高くて、姿勢がよくて、スポーツマンという印象だ。
 練習中だったせいか汗をかかれているようで、額を無造作にユニフォームの袖でぬぐっている。
「練習中にすみません」
 私は頭を下げ、名前を名乗った。
 その名に聞き覚えはなかったようで、きょとんとされていた三橋さんだったけれど――。

「阿部隆也の婚約者です」

 そう言った瞬間、彼は目を見開いて硬直した。
 ぐっとノドを鳴らし、両肩をビクンと震わせて。大袈裟なくらいの驚き方だとは思ったけれど、それより、やはりという思いの方が強かった。
 予想通りだ。彼は隆也さんを知っている。そしてきっと、隆也さんも。
「阿部をご存知なんですね?」
 笑みを浮かべてそう訊くと、三橋さんはぎくしゃくと目を逸らしながら、曖昧にうなずいた。
「はあ……」
 歯切れ悪い返事だ。ご存知かどうかを訊いただけなのに、どうして? ケンカでもしているのだろうか? 仲は良くなかったのか?
 もしかして、隆也さんが野球を嫌うのは、彼が原因? ああ、でも、それだと私や父とは関係ないか……。

 そんなことを考えながら見つめていると、目が合った。
「阿部君は、元気……です、か?」
 ほろ苦い笑みを浮かべながら訊かれて、ドキッとする。一瞬、同じ顔をして空を見上げた隆也さんと、重なった。
 隆也さんといい、三橋さんといい、大人の男性というものは、みんなこういう笑い方をするものなのだろうか? 何かを内に秘めたような……?

「……はい。ああ、でも、あの先日の……タレントさんとの熱愛報道を拝見したとき、とても驚いておりましたわ」
 あの時のことを思い出しながらそう言うと、三橋さんは「ええっ!?」といきなり大声を上げて、一瞬で真っ赤な顔になった。

 間近でいきなり大声を出され、飛び上がりそうなくらいドキッとしたけれど、三橋さんの動揺はそれ以上だ。
「あ、あ、あ、あ、あの、あれは、ち、ち、違うんです……!」
 これ以上はないだろうというくらいにドモりながら、両手と首をぶんぶん振って、全身で訴えている。
 今まで周りに、こんなに動作の大きい人はいなかったから、何だかおかしくて親しみがわいた。
 隆也さんに怒鳴られて失神して以来、大きな物音や声などが苦手だったのだけれど……三橋さんの大声は平気みたい。気が遠くなることもなく、くすくすと笑えた。
「違うんですの?」
 にっこりと尋ねながら微笑むと、三橋さんは身振り手振りをやめ、真っ赤な顔のまま、気まずそうにうつむいた。
 隆也さんと同い年の、年上の大人の男性だというのに、なんだか可愛らしく思う。
 これでチームを代表する投手の1人だというのだから、人気が高いのもうなずけた。

「あなたの恋人さんは、毎日が楽しそうで幸せでしょうね」
 笑みに緩む口元を押さえながらそう言うと、三橋さんはなぜか、びくっと肩を震わせた。
 熱愛報道で騒ぎになったばかりだし、恋人の話題はタブーだっただろうか?
 失礼があったのなら謝らなければ。表情を見極めようと思い、目の前の顔を見上げると、また目が合った。
 色素の薄い大きな瞳が、まっすぐ私を見つめてる。
「阿部君は優しい、です、か?」
 いきなりの問いの意味が、私には分からなかったけれど――。

「はい、とても」
 自信を持ってうなずくと、三橋さんは「そう、ですか」と言って、ふにゃっと笑った。
 眉が下がっていて、目尻が少し赤くて。笑っているのに泣いているようにも思えて、不思議だった。

 隆也さんはとても優しい。
 どんなワガママを言ったって大抵のことは叶えてくれるし、私を誰よりも尊重し、優先に扱ってくれる。
 出張帰りでお疲れの日でも、私がせがめば会いに来てくれるし。例え大雨が降っていても、ドライブに行くと言えば連れて行ってくれる。
 私の前で他の誰かを誉めることもないし、他の誰かに視線を奪われることもない。
 一度だけ怒鳴られたことこそあるけれど、それ以外では基本的にクールな人だし。大人で懐が深くて、冷静で優しいといつも思う。
 私などには、彼の考えなどまだまだ思い及ばないけれど――いつか、並んで同じ物を見て、同じことを思えるようになりたい。
 彼のことを、もっと知りたい。

「失礼ですが、阿部とはどういうお知り合いですの?」
 私の問いに、三橋さんは「えっ」と言葉に詰まった。
 これだけの会話では、仲がいいのか悪いのかも分からない。ただ、「元気ですか?」と訊かれるくらいなのだから、今は疎遠なのだろうと、それくらいは想像できた。
「選手名鑑を見せていただいたのですが、ご出身の大学が阿部とは別でしょう? どちらでお知り合いになられたのかと思って」
「あ、えと、高校、で……」
 ドモリながら答えて、三橋さんはふと遠くを見るように目を細めた。
 ああ、また隆也さんと同じ顔だ。この人やあの人の視線の先には、一体何があるんだろう?

「阿部君とオレ、は、高校時代、バッテリーを組んでました」
 ほろ苦い笑みを浮かべ、眉を下げて。三橋さんは、私に言った。
「彼は、オレの大事な恩人、です」

 それを聞いて私は、この人に会いに来てよかったと、心から思った。

(続く)

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