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小説 3
ニセモノカップル・2
 最初は三橋も戸惑ってたみてーだ。
 合宿終わった後なんかは、オレが声かけるまでキョドってたし。どうすりゃいーのかワカンネーよな。
 公認カップル指定されたって、カップルの行動がどんなもんか、経験がねーから見当もつかねェ。
 取り敢えず一緒にいりゃいーのかと思って、三橋にもそう言った。
「いちいち誘わせんな。自分からこっち来い」
 じわーっと赤面されるとこっちまで恥ずかしいけど、いや、照れてる場合じゃねーし。
「慣れろ!」
 そう言うと、三橋はじっとオレの顔を見て、「分、かった」つってふにゃっと笑った。

 そういう緩んだ笑顔されると、やっぱこっちもドギマギするけど、いや、でも、いい傾向だよな。
 かつて高1の時、オレが上手く会話できなかった頃に、すんなり会話できてる田島や泉をうらやましく思ったこと思い出す。
 戸惑ってた三橋も、それ以来そーっと自分から寄って来るようになったし、これもいい傾向に思えた。前はじりじり遠ざかってくこともあったもんな。
 それに、少しずつ他愛もねーこと喋るようにもなって来た。
「レポート、もう書いた?」
 とか。
「お昼、ラーメン食べ、たい」
 とか。

 いちいち赤面すんのはどうかと思ったけど、まあ、三橋だしな。そういうヤツだと最初から分かってりゃ、イラつくこともねぇ。
 寮の部屋は元々一緒だったけど、講義も一緒、昼メシも一緒、部活も一緒となると、ホントに1日中ずっと一緒だ。
 そんでも高1の夏合宿で、監督に似たようなことを強要されたときより、はるかに過ごしやすくて良かった。
 ツーカーって感じじゃねーけど、互いのテンポにも慣れてるし。口下手な三橋の言いてぇことも、もうほとんど分かるようになってたせいもあるだろう。
 ストレスには感じなかった。
 先輩らからはやっぱ、「おう、お前ら、デートはしねーのか?」ってからかわれることもあったけど、そもそも1日野球漬けなんだから、そんな余裕は少しもねぇ。
 それ聞くたびに、まだ続くのかとゲンナリはしたけど、チン評会よりはマシだったと思うし。
 三橋と一緒に行動すんのも、そんな苦じゃなかったから、どうでもいーやと思ってた。

 ただ、三橋にデカい目で見つめられるたび、ふっと不安になることもあった。
 その赤面に、意味あんの?
 みんなの前で中世の騎士みてーにひざまずいて、手を握って「好きだ!」って叫ぶ。先輩らにひゅーひゅー囃されながらの告白、って、冗談だと思うよな?
 男からの告白なんて、本気にしたらまずキョドるだろう。キョドらずに、「オレも好きだ」なんて言えたんだから……冗談だって分かってる、よな?
 あん時、「ごめんなさい」ってバッサリ断ってくれれば、こんなメンドクサイ事態にはならなかったかも知んねぇ。
 けど、なんで断んなかったんだよ、なんて言いたくねーし。
 「本気にしてねーよな」っつー牽制も、あんま気が進まなくて言いたくなかった。

 確かめんのが怖かった、ってのもあったかも。
 三橋が本気にしてるのか、してねーのか。もししてたらどうしよう、って、考えなかった訳じゃなかった。ただ、それを確認はしたくなかった。
 大体、先輩らが飽きるまでの話だ。
 公認カップル呼ばわりされなくなったら、自然と距離もできるだろう。
 三橋だって、先輩に「阿部と一緒じゃねーの」ってツッコまれんのに戸惑って、オレんとこ来てるだけなんだろうし。
 いちいち確認しなくても、大丈夫、だよな?

「阿部君、練習……」
 言葉少なに誘ってくる、チームメイトをじっと見る。
 目が合うと、じわっと赤面しつつ、照れ臭そうにふひっと笑う。
 それを可愛いと思わねーでもねーけど、男に「可愛い」なんて誉め言葉じゃねーし。三橋も嬉しくねーだろうと思って、敢えて口にはしなかった。


 そのうち野球部以外の知り合いから、「お前らいつも一緒だな」って言われるようにもなった。
「こいつら野球部公認で付き合ってっから」
 居合わせた同じ野球部の1年が冗談半分に解説してくれて、オレも「まあな」と返事する。
 多分、誰も本気にしてねーと思うけど。でも、「先輩の命令で仕方なく」なんてダセェこと口に出したくねーし、三橋の前じゃなくても言えなかった。
 それ聞いた知り合いも、「野球部かぁ」って笑ってた。
「バッテリーは夫婦ってヤツ?」
「やっぱコミュニケーション大事なんだ?」
 そんな風に訊かれて、「当たり前だろ」って答える。普通の会話だ。「お前らホモか」なんて、1度も言われたりしなかった。
 それはつまり、そう見えねーってことだろうと思って、心のどっかで安心した。

 夏が近付くと、よく知らねー女たちから遊びに誘われることも増えてきた。
 夏休みの前には試験があるし、それでなくとも夏は野球シーズンだ。だから女と遊んでる暇なんかねーんだけど、「1日くらいいーでしょ」って食い下がられることもある。
 そんな時は、知り合いが勝手に断っちまうこともあった。
「ダメダメ、コイツら野球部公認のカップルだから」
 って。
 余計なこと言うなよな、と思ったけど、遊びに行きてぇ訳でもねーし。
 「だよな?」って言われたら、肯定しなきゃしょうがねぇ。ムキになって「違ぇよ」って反論すんのもバカらしかった。

「阿部君、女の子と遊び、行く?」
 三橋に不安そうに訊かれると、ムカッともした。
「行く訳ねーだろ!」
 そう怒鳴ると、三橋はホッとしたように頬を緩めて、「だよ、ねっ」って嬉しそうに笑ってた。
「野球第一だろ」
 オレの言葉に、三橋もうんうんとうなずく。それもやっぱオレにとっては、普通の会話としか思えなかった。


 でも7月になると正直、三橋と一緒に行動すんのはいーとしても、カップルごっこを続けんのには、少しずつ無理が出て来た。
 無理っつーか、イヤっつーか、抵抗があるっつーか……飽きて来たっつーか。
 不安になるっつーか。
 とにかく、いつまでやんのかな、ってそればっか考えるようになった。
 夏合宿までだろうか?
 合宿の酒の席で、もっかいゲームして勝ちゃリセットされんのかな?
 そう考えたとき、ふっと三橋の赤い顔が浮かんでドキッとしたけど、なんでかは分かんなかった。
 三橋も三橋で、多分、だんだんしんどくなって来たんだろうと思う。
 最初の頃、オレが「来いよ」って誘う度に嬉しそうにしてたくせに。最近はあんま笑わねぇ。
 会話も減って、目が合う回数も減って、三橋が赤面することも減った。

 これって倦怠期? でもそれはホントの恋人同士の問題なんだろうし。オレら、ニセモノなんだから……当てはまんねーよな?

 そう思ってた7月下旬――。
 オレたちの野球部公認カップルごっこは、夏休みの開始と共に終わった。
「あれ? お前ら、まだやってたんか?」
 4年の先輩の、そんなあっけない一言で。

(続く)

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