小説 3 ニセモノカップル・1 (大学生・阿←三・切なめ) それは大学入って1ヶ月後、5月にあった遠征合宿でのことだ。 酒の入った先輩らとトランプして大負けして、「罰ゲームだ」って言われた。 「玄関ホールで全裸になって、銅像のフリ1時間」 「捕まりますよ」 すかさずツッコミを入れると、「じゃあ今すぐココでオナれ」って。 「どんだけ飛ぶか見てやる。ちなみにオレの記録は5メートルだ」 ウソかホントかワカンネー自慢に、周りの先輩らがゲラゲラ笑う。酔っぱらい連中はみんなハイだ。 1年のオレらはシラフだっつの。 「見せらんねー程小っせーのか? 皮付き?」 って。タチの悪ぃたわ言に、付き合ってらんねぇ。相手すんのも面倒で、愛想笑いを浮かべながら「何言ってんスか」って躱そうとした。 それができなかったのは、三橋の名前を出されたからだ。 「そういや三橋、アイツ意外にムケてんのな」 「マジか!? 見せろ!」 「おい、三橋どこだ?」 その騒ぎにドキッとしたけど、幸いにも、ちょうど買い出しに行かされてたみてーだ。 「いねーのかぁ。じゃあ、三橋が帰って来たら、阿部と並んでチン評会な」 それ聞いてホント、冗談じゃねーと思った。 まだ知り合って1ヶ月の先輩らは、アイツの面倒臭さを知らねェ。 うちの高校には「先輩」なんていなかったし、アイツ中学ん時はきっと、先輩らにも気ィ使われてたんだろうし。こういう上下関係のノリに免疫はねーだろう。 真面目で素直でウブな三橋に、どこまでこういう冗談が通じんのか、オレだってよく分かんなかった。 「いや、勘弁してやってくださいよ。アイツ、関係ねーじゃねーっスか」 慌ててそう言うと、「おーっ、庇うのか?」って笑われた。 庇うっつーか、いや、そりゃ当然庇うだろ。昨日今日知り合ったヤツじゃねぇ。三橋は高校3年間バッテリーを組んできた仲間で、オレにとって大事なエースだ。 それ以上でもそれ以下でもなかったのに――。 「おし、だったら決めた!」 先輩の1人が満面の笑顔で言った。 「阿部、お前の罰ゲーム。三橋が帰って来たら、愛の告白劇場」 ふざけんな、と思ったけど、こういう体育会系の上下関係に、多少の悪ふざけは付き物だ。 あんまりな要求には「NO」も言えるけど、どっかで落としどころを作んなきゃいけねぇ。それが、ここのような気がした。 「イヤならチン評会な」 と、それよりはマシだ。 オレだけなら何とか躱せても、三橋にそれができるとは思えねェ。 先輩らに「脱げ」って迫られて、赤い顔してキョドって涙目になるとこなんか、見たくなかった。 「ちゃんとドラマチックに告白しろよー」 他人事らしい、能天気な囃し声にイラッとする。 ドラマチックってどんなんだ? 手ぇ握って、「好きだ」とか言うべき? 本気にされて、「阿部君、ホモ?」とか真顔で訊かれたら、どうすんだ? けど、いくら三橋だって、そんなの冗談だって分かるだろう。 もし分かんなかったとしても、どうでもいい。三橋が誰かを嫌うなんてことはねーし、要は、オレが先輩らの前で恥をかきゃいーんだ。 それだけのコトだと思ってた。 けど――。 直後、2年の先輩と共に「戻りましたー」つって、パンパンのコンビニ袋を提げて帰って来た三橋は、オレのドラマチックな告白に、真っ赤な顔してうなずいた。 「オレも、阿部君が好きだ」 そのセリフは前にも聞いたな、とぼんやり思った。 「好きだ」って。言うのはいーけど、言われんのはビミョーだな、と、前と同じことを考えた。 前っつーのは、高1の春だ。そう、ちょうど同じ頃、ゴールデンウィークの真っ最中だった。 もうあれから3年になるんだな、と感慨深く思ったとき……。 「よーし、カップル成立ー!」 バカデカい声で言われ、ひゅーひゅーと指笛を鳴らされて、ハッとした。 「付き合うんだろ? 相思相愛だもんな?」 三橋と共に、ぐいっと肩を抱き寄せられ、とっさに「まあ……」としか言えなかった。 「じゃあお前ら今日から、野球部公認カップルな。病める時も健やかなる時も、雨の日も晴れの日も、練習のある日もない日も、柔軟も投球練習も、ずっと一緒に行動しろ」 「何スかそれ?」 正直、面倒臭ぇと思ったけど、先輩の手前、言わなかった。 どうせ酒の席での戯言だし、数日経ったら忘れるだろう。それに柔軟や投球練習を一緒に組まして貰うのは願ったりだったし。 「分かりました」 オレは素直にうなずいて、「いーよな」って三橋に言った。 三橋はデカい目を見開いて、オレをじっと見た後、黙ってこくりとうなずいた。 その顔が赤いのがちょっと気になったけど、コイツの赤面症とドモリ癖はいつものことだったし。 そん時は深く考えなかった。 誤算だったのは、先輩の悪ふざけが思った以上にしつこかったことだ。 すぐに忘れるか飽きるだろうと思ってたのに、合宿が終わっても、6月になっても、ずーっと「公認カップル」って呼ばれた。 三橋が1人でキャンパスを歩いてると、「旦那はどうした?」ってツッコまれることもあったみてーだ。 オレだけならいーけど、三橋にまでプレッシャーかけんの、ホント勘弁して欲しい。アイツ経験値低くて、うまく躱せねーんだっつの。 先輩に迫られて、激しくキョドる姿を想像すると、放っとけねーような気分になる。 だから覚えてる限り、「メシ行こうぜ」とか、「次の時間、隣、座ろうぜ」とか、オレから三橋を誘うようにしてやった。 赤い顔した三橋に、照れ臭そうに「うん」ってうなずかれる度ドキッとしたけど、それには気付かねぇフリをした。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |