小説 3 Only・10 明るいトコまで、って言って、島崎さんが見送りに出てくれた。 「ホントにケガしてねーの?」 気遣ってくれながら、古そうな階段をゆっくり降りる。 頭のてっぺんがちょっとヒリヒリするくらいで、別に1人でも大丈夫なんだけど。でも、そんな風に優しくして貰うと、嬉しかった。 あのホクロ男子については、警察を呼ぶかどうか、オレが決めろって言われた。ケガしたのはオレだけだったし、一応顔見知りだったから、かな? でも、オレは首を振って断った。ホントに軽傷だったし、誰かが「警察はヤベェ」って言ってたの聞こえたし……阿部君、誕生日まだなのに飲酒してた、し。 そもそも乱交パーティ自体、一応犯罪なんだって。それを聞いたらなおさら、警察はムリだった。 島崎さんも阿部君も、犯罪者にはしたくなかった。 「けど、もうここらで潮時なのかもな」 島崎さんは歩きながらそう言って、ため息を1つついた。 「サークルが大きくなり過ぎた。人の出入りが多過ぎて、全員の顔を把握できてねーし。今日みてーなトラブルは、今後も増えるかも知れねぇ」 って。 だから、近々解散しようと思う、って。 「阿部のさくらも、もう終わりだ。もうトモダチと遊んでるとこ、呼び出すこともねーから」 見透かしたように言われ、軽く頭を撫でられて、ズキッと胸が痛む。 「べ、つに。オレは、もう……」 関係ない。そう言おうとした時――。 「三橋!」 後ろから阿部君の声が聞こえて、飛び上がるくらいビックリした。 ギョッとして振り向くと、全力で走ってきたのかな? 阿部君は肩で息してる。 声を詰まらせて何も言えないでいたら、横からぽんと肩を叩かれた。 「じゃあ、お邪魔みてーだから帰るわ。もうないと思うけど、もし何かあったら、また連絡して」 島崎さんがそう言って、オレを見下ろし、にぃっと笑った。 何か企んでるみたいに半眼を閉じて笑ってて、何かと思ったら、耳元に顔を寄せられた。 「素直にな、みーくん」 こそっと囁かれ、耳元に軽くキスされる。 「ふわっ!」 ビクッとして耳を押さえ、カアッと顔を熱くすると、島崎さんがぷくくっと吹き出した。 何に素直に? なんでキス? キョドることもできずに固まったオレを置いて、軽く手を挙げ、大股で戻っていく島崎さん。すれ違いざま、阿部君にも何やら囁いてたけど、何を言ったのかは聞こえなかった。 ぼうっと見送ってるオレの元に、代わりに近付いて来たのは阿部君、だ。 見たこともないくらい思い詰めたような顔をして、「三橋」ってもっかいオレを呼んだ。 やっぱり好きだなぁと思って、ぎゅうっと胸が痛くなる。 体の関係を断ち切って、連絡取らなくなって、会わなくなって――1ヶ月。吹っ切れたつもりでいたのに、まだ未練あるみたい。目の前に立たれると切ない。 言いたいことも訊きたいことも、いっぱいあるのに言葉が出ない。 「話がある」 阿部君が固い声で言って、オレの手首をぎゅっと握った。逃げるつもりはなかったけど、逃げられないなって、覚悟した。 連れて行かれたのは、阿部君の大学のすぐ近くのアパートだった。 どこだろうと思ったら、阿部君ちだって言うからビックリした。だって阿部君、部屋には誰も呼ばないんだって聞いてた、し。 でもよく考えたら、オレはもう「遊び相手」じゃなくて、トモダチ、だし。だったら別にいいのかも? 「カギ……すぐ見付かった?」 ドアのカギを開けるのを見て、ふと思い出して訊くと、阿部君が小さく笑った。 「前もそれ聞いたな」 って。確かにその通りで、ギクシャクとうつむく。 「カギは、服のポケットにあった」 阿部君は自嘲するようにそう言って、ふわっとオレの頭を撫でた。 部屋の中に向かい合って座ってから、阿部君が深々と頭を下げた。 「あの日はゴメンな。どうかしてた」 面と向かって謝られると、「ううん」って言うしかできない。 あの時はオレも、色々限界、で。誰かの移り香を嗅がされるのもイヤで、気持ちに余裕がなくて、許せなかった。 一言、「香水、イヤ」って言えば良かったのかな? それとも、あの頃の阿部君はイジワルだった、し。言ったところで、笑われて終わりだったかな? あの日の悲しい気持ちがよみがえって、じわっと視界が滲む。 終わったことなのに、まだ好きでみっともない。 泣いてるの気付かれたくなくて、慌てて目元をぬぐい、オレは強引に話題を変えた。 「あ、阿部君の本命、って、どんな人?」 ズバッと訊くと、阿部君は目を見開いて絶句した。困ったような顔を見て、胸が痛くてふひっと笑う。 阿部君の好きな人なんて、ホントは聞きたくないし、知りたくない。けど、ちゃんと聞いて「失恋」の2文字を頭から理解しないと、吹っ切れないような気がした。 遊び相手はたくさんいて、来る者拒まず去る者追わず、誰の手も取らないって言われてた阿部君。 独り占めできない恋に、1年間、オレは苦しんできたけど――だからこそ、訊く権利あると思う。 「オレ、まだ阿部君、好きなんだ。だ、だから……ちゃんと、振って欲しい。じゃないと、先、進めない」 自分でも勝手なこと言ってるなぁと思ったけど、本気で言ってるって分かって貰おうと、ぐっと顔を上げて阿部君を見た。 そしたら、逆に質問されたんだ。 「島崎さん、か?」 って。 「お前、今、島崎さんと付き合ってんのか?」 なんでそういう話になるのか分かんなくて、ぶんぶんと首を振る。でも、阿部君は真剣みたい。 「だってさっき牽制されたし。それにお前、あの人のニオイがぷんぷんすんだけど」 「うおっ、ほ、ホント?」 牽制っていうのはビックリしたけど、でも多分からかっただけなんじゃないかと思う。それに香水のことは、これでちょっと納得もした。 あれくらいの接触でニオイが移るなら、多分あの日の阿部君も、一緒だったんだろう、って。事後の、意味深な移り香じゃなかったんだ。 オレの誤解だった。 「……あの日の阿部君も、ね、同じだった、んだ。香水のニオイ、ぷんぷんさせて、べろべろに酔って、て……」 「ごめん」 阿部君が短く謝るのに首を振って、オレは正直に、あの日嫉妬したことを打ち明けた。 「他の女の子の残り香、付けたままで来たのかと思って、イヤだった。遊びなの、最初から分かってた、けど。それでもやっぱり、ヤだった、んだ。好きだから。独り占めできないのは、辛、かった」 阿部君は、真剣な顔してオレの話を聞いてくれた。 もう今更遅いけど、向き合って貰って嬉しい。 「島崎さんは格好いいけど、阿部君の方が、オレには格好よく見える、よ。優しい、し、頭いい、し、好きだし。……好きだ、った、から」 言いながら、じわっと視界が歪む。 自分でも何言ってるのか分かんない。何が言いたかったか、どうしたいのか、もう頭の中がぐちゃぐちゃで分かんない。 泣きたくないのに涙が出てきて、オレはぐうっと息を詰めた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |