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小説 3
Only・2
 阿部君とこういう関係になったのは、大学1年の秋からだ。
 その頃にはもう、阿部君は遊び始めてて。いかがわしいお店にも出入りしてるとか、そういう噂を田島君から聞いた。
 阿部君とは大学が別だったから、それ聞いてビックリした。
 それにショックだった。オレ……誰にも言ったことなかったけど、ずっと阿部君のコト、好きだったからだ。
 ただそれは、オレの勝手な都合でしかなかった。
 18歳とはいえ、阿部君はもう高校生じゃない、し。お酒や煙草はダメだけど、風俗店に行くのは別に、法律違反って訳じゃない。
 だから、阿部君がたくさんの女の子と遊んでようと、いかがわしいお店に入ろうと、阿部君の自由だ。オレがとやかく言うことじゃなかった。
 けど……頭では分かってても気持ちがついていけなくて、会った時、つい言っちゃったんだ。「遊びとか、よくない、よ」って。

 阿部君は勿論、怒った。「はあ?」って顔をしかめて。
「てめーに関係ねーだろ? オレが誰かと遊んで、てめーに何か迷惑かけたか?」
 そう言ってオレに詰め寄り、胸蔵をぐいっと掴み上げた。
 そこで引き下がれば良かったんだろうけど、つい「で、でも……」って口答えしたから、余計に怒らせたみたい。
 キリッとした濃い眉を吊り上げ、くっきり二重の垂れ目でじろっとオレを睨みつけた阿部君は――しばらくの沈黙の後、ふんと鼻で笑った。
 そんで……言ったんだ、オレに。
「そんなこと言ってさ、お前、ホントは自分が遊んで貰いてーんだろ? オレのコト、好きだもんなぁ?」
 って。
「お前の気持ち、知ってたぜ」
 って。

 図星だったから、グサッと来た。

「来いよ、遊んでやる」
 そのまま阿部君に手を引かれ、ホテルに行って……抱かれて。そうして、今の関係が始まったんだ。
 阿部君が手を引く力は、弱かった。
 きっとオレが逃げられるように、手加減しようとしてくれたんだと思う。阿部君は優しいし。ホテルに入ってからも、「逃げんなら今だぞ」って何度も言われた。
 逃げなかったのはオレだ。拒絶しなかったのも。「イヤだ」って言ったり、抵抗したりもしなかった。
 だってオレは、高校時代からずっと、阿部君のことが好き、で。
 例え大勢の中の1人にしか、なれないとしても――その中に入れないよりは、ずっとマシだと思ってた。

 それ以来、阿部君の「遊び相手」の1人になって、もう1年、だ。
 阿部君は相変わらず手当たり次第に遊んでるらしいけど、それでいて大したトラブルにもならないでいるみたい。
 この辺はやっぱ、頭イイからなの、かな?
 割り切って遊べそうな子ばっか選んでるんだろうか?
 オレが知らないだけで、もしかしたらオレの周りにも、阿部君と遊んだことのある子、いっぱいいるの、かも。
 具体的なことは何も聞いてないし、聞きたくないし、想像するだけで吐き気、する。だからオレはいつも、阿部君の電話や話の内容を、知らんぷりして聞き流す。

 それでも大講義室とか大学の学食とかで、大勢の女の子を目にするたび、どうしても聞き耳を立ててしまうんだ。
 誰かが阿部君の噂してないかな、とか。
 阿部君とまさに今、電話してる子はいないのかな、とか。
 阿部君の行く乱交パーティに、行くって言ってる子、いないかなとか――。
 自分でもバカバカしいとは思うけど、でもどうしても、ドライに割り切ることは、できそうになかった。


 ぼうっと周りの音を聴いてたから、いきなり側で名前を呼ばれて、飛び上がるくらい驚いた。
「三橋君」
「ふえっ!?」
 ガタッと立ち上がったオレに、声を掛けて来た子もビックリしてた。
「あ、ごめんね」
 って言われて、オレの方が恐縮、だ。
 「ううん」って首をぶんぶん横に振って、それからちらちらと顔を見る。
 見覚えのあるような無いような子、だ。何かの授業で一緒だったかな? それとも、西浦の子、とか……?
 首をかしげてると、その子はもじもじとためらった後、「お願いがあるんだけど」と言った。

 ドキッとして、どよんと一気にテンションが下がる。言われるまでもなく、予想がついた。
「三橋君、TR大の阿部君と仲、いいよね?」
 そんでその後、こう続くんだ。
「紹介して貰えないかな?」

 実はこういうこと、初めてじゃない。
 一緒にいるとこを見た、とか。同じ高校出身でしょ、とか。オレを繋ぎに使おうとする子たちは、オレも阿部君の相手の1人だとは、きっと思ってもないんだろう。
 そして、そうやって行動を起こすような子を、阿部君が一番嫌うんだ、っていうことも……きっと知らないんだろうと思う。
 紹介したってムダだ、って、心の中でいつも思う。阿部君はそういう子を絶対、相手にしない。
「付きまとわれんの、メーワクなんだよ」
 って、イヤそうに言うのが目に浮かぶ。

 でも、ムダだって分かってても、イヤなものはイヤだった。
 自分の好きな人に、他の女の子、紹介なんかしたくない。阿部君はオレの恋人じゃないけど、オレには阿部君だけだ、から。

「阿部君、は、やめた方がいい、よ。お勧めでき、ない」

 そう、勧めない。だからやめて。彼に近付かないで。触らないで。お願い、阿部君の「遊び相手」にならないで――。
 オレは心の叫びをぐっと抑えながら、目の前の女子に首を振るしかできなかった。
 自分でも今、きっとイジワルな顔、してるんだろうなと思う。
 鏡なんかとても見れない。醜い自分がすごくイヤ、だ。でもそれ以上に、阿部君を盗られるのが、もっとイヤなんだ、ごめんなさい。

 不服そうに去ってく女の子を見送って、はぁー、とため息をつき、イスに座る。
 阿部君からの着信があったのは、その直後。午後の2コマ目が始まる直前だった。

(続く)

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