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小説 3
オトメン王子R・2
 騎士拝命の儀式は、緊張してた割にあっさりと終わった。
 王と王太子が大小の玉座に並んでて、後は騎士団の代表だって言う数人がいたくらいか。
「アベ=タカヤ、そなたを今日より騎士に命ずる。忠誠をもって国に仕え、民の為に働くように」
 ひざまずいたオレの肩に、長剣を当てて老王が言った。オレは「はっ」とうなずいて、決められた言葉を王に返す。
「謹んで承ります」
 大広間で、もっと大勢の人間の前で盛大にすんのかと思ってたから、短くて簡素で意外だった。
 
 儀式の後は騎士団長との面談で、配属希望はあるかって訊かれた。
「王城に住込み、国王陛下にお仕えするのが普通だが、特にどなたか個人的にお仕えしたいという希望はあるか?」
 わざわざそう訊かれたのは、もしかしたら公爵を助けたっつー話が伝わってるせいかも知んねぇ。公爵に仕えてぇっつったら、配属させてくれるんかも?
 けど、別にオレはあのおっさんに義理があるって訳でもねーし、王城詰めとどう変わんのか分かんねぇ。
 ただ、そん時ちらっと思い出したのは、ハンカチくれた姫君のことだ。
『大きくなったら、わたしの騎士に……』
 って。いや、約束したって訳じゃねーんだけど。

「あの、王家のお血筋で、Rのつく名前の姫ってどなたッスか?」
 オレの問いに、騎士団長は黒いあごひげを触りながら、ふっと考え込んだ。
「王家のお血筋で、R……というと、ルリ姫さまか?」
「ルリ姫……」
「そう、お前がお助けした公爵閣下の姫君だな」

 それ聞いて勿論、ドキッとした。
 オレンジと黄緑の可愛いドレス、薄茶色の柔らかな髪、恥ずかしそうに笑う様子を思い出す。
 なんつーか、幸運の女神がまだオレに、手を差し伸べてくれてる感じ? 
 そりゃ、騎士になったっつったって、公爵の姫とオレとじゃ身分が違うし。初恋がどうとか、可愛かったとか、そういうの語るつもりは全くねぇ。
 顔だってハッキリは覚えてねーし。
 けど、側で護ってやるくらいは、してやってもいーんじゃねーか? もう転んだっつって、泣かねーですむように……。

 オレが黙ってそんなことを考えてると、騎士団長が横で「ふむ」と言った。
「公爵家付き、か。まあ念頭に置いておこう。だがそれも、まずはこの王城で、礼儀見習いや基礎訓練を受けてからの話だな」
「はあ、行儀……」
 高まりかけたテンションが、一気に沈む。メンドクセーの一言だ。
 まあ行儀見習いは仕方ねぇ、色んな作法とかあるんだろうし。けど、基礎訓練ってのは何なんだ? 乗馬? 剣術? まさか、体力作りとか言わねーよな?

「あの、オレ、剣の訓練なんかいらねーっスよ」
 歩兵部隊にいた時だって、一応はそういう集団訓練もあったけど、実戦で役に立つかっつーと疑わしい。決められた型通りの剣術なんか使ってたら、命が幾つあっても足りねーと思う。
 オレだって、ダテに2年間最前線にいた訳じゃねーし。剣の腕には自信がある。
 今更基礎訓練なんか受け直して、自分の剣を崩したくなかった。
 けど――。

「なら、王子殿下と1対1で試合をするか? もしお前が勝てば、剣術訓練は免除。負ければ、文句なしに従って貰う。どうだ?」

 騎士団長はそう言って、自信たっぷりにふふんと笑った。
「王子殿下って……」
 一応尋ねながら、ちらっと名前が1つ浮かぶ。そしたら案の定。
「レン王子だ」
 予想通りの答えが返って来て、ふーん、と思った。
 レン王子ってのは、老王の孫で王太子の第1王子。オレとほぼ同じ時期に初陣を果たしてて、結構な戦果もあげてるって話だ。
 でも元・歩兵から言わせて貰うと、そんなのは周りを固めてる精鋭部隊のお蔭だろう。
 剣の天才だとかって噂も聞いたけど、それこそ未来の国王候補への、見えねぇ勲章みてーなもんじゃねーの?

「いいですよ。試合、受けて立ちましょう。けど、勝ったら不敬罪、なんてルールはナシにしてくださいよ? あ、それとも、わざと負けた方がいいんですかね?」

 まったくの本気でそう言うと、騎士団長は「ははっ」と嘲るように笑って、楽しそうにヒゲ面を緩めた。
「そんな寝言は、勝ってから言え」
 って、自信たっぷりだ。
 やっぱホントに天才なのか? いや、でも、オレらみてーな最前線の剣士とは、気迫も真剣みも違うんじゃねーの?

 騎士団長に連れられ、剣術練習所に近付くと、キンキン、ギンッ、ガキッと金属音が聞こえて来た。
 どうやら、1対1での打ち込み練習をしてるらしい。
 オレと同じ、騎士団の黒い制服のヤツらが多いけど、近衛っぽい赤い制服の連中もいる。結構な数だ。
「あー、はいはい、基礎練ね」
 同じことを、歩兵部隊でもさんざんやってたと思い出す。
 志願して間もない15歳くらいん時は、ああいう基礎練も楽しかった。実際、練習するごとにうまくなったし、今オレが無事なのも、前線に出るまでに訓練されたからだと思ってる。
 けど――もう、そんな時期じゃねーだろう。
 オレにはオレの剣術があって、それにはもう素振りなんか要らねぇ。
 騎士団長にはさっき、「わざと負けた方が」なんて言ったけど、やっぱバカげた基礎練なんかに付き合う気にはなれそうになかった。

「レン殿下!」
 騎士団長は声を上げ、右手を胸に当てて礼をした。
「ご訓練の最中、失礼いたします」

 団長の礼を受け、打ち込みをしてた兵たちの中から、1人の少年が前に出た。
 白いシャツに濃紺のズボン。汗で濡れた薄茶色の髪を、左手で掻き上げながら、レン王子が団長の前に立つ。
 団長が大柄なせいか、スゲー身長差だ。
 つーか、あんま背、高くねーんだな……。

 そんなことを思いながらじっと見てると、目が合った。
「アベ=タカヤ」
 嬉しそうに名前を呼ばれて、訳もなくドキッとした。

(続く)

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