小説 3
告白の後で・3
結局その場は、花井の声に助けられた。
「おーい、いつまでも喋ってねーで、グラウンド行くぞ」
おお、と返事して、みんながバラバラと部室を出る。
ホッとして三橋を見ると、ヤツはまだ着替えてもなかったから、慌てて服を脱ぎ始めてた。
惜しげもなく晒される、白い肌にドキッとする。
オレの目なんて気にもしねーで、パサッとスラックスを脱ぎ落す三橋は、当たり前だけどオレのコト、「男」だと認識していねぇ。
お前、ホントはオレのコト「そういう意味」で好きな訳じゃねーだろ? と、問いつめたくてたまんなくなる。
「まだか? 行くぞ」
苛立ちを抑えて声を掛けると、三橋は「うおっ」とこっちを振り向き、大きな目でオレを見た。
一瞬、ヨコシマな気持ちを見透かされたような気がして、胸の奥が痛くなった。
練習中にその話題は出なかったから、油断してた。もうこんなくだんねー話、流れただろうって思ってた。けど。
「でさー、誰なの?」
練習が終わり、部室にまた戻った時、水谷に訊かれた。
「阿部ってさー、ホント野球しか見てなさそうだからさー、教室くらいしか女子との接点なさそうなんだよね〜。クラスの子でしょ? 違うの?」
「はあ?」
思いっ切りイヤな顔して睨みつけてやったけど、水谷は怯まねぇ。
「怒るってことは図星?」
とか、バカなコト言いつつ真剣だ。
野球しか見てねーって、分かってんなら疑うなっつの。オンナなんか興味ねーの、見てたら分かるハズだ。
オレは三橋しか見てねーのに。
「クラスの女なんか、半分以上顔も分かんねーぞ」
誇張もなくそう言うと、「信じらんねー!」とか「何ヶ月経ってんだ」とか言われたけど、知った事じゃねーし。
「じゃあ、誰?」
って訊かれても、答える訳にはいかなかった。
ふと、横で聞いてた田島がぼそっと言った。
「なあ、クラスの女子には篠岡も入んのか?」
篠岡って――そりゃ、同じクラスだけど。つーか、意味ワカンネー。
だから、女なんかカンケーねーだろっつーのに。
「知らねーよ!」
大声でそう言ったけど、みんなは逆にしんとした。
一拍遅れて水谷が、「えー? マジ? どうなのっ!?」って騒いだけど、どうでもいーし。
つか、マジで見当違いだし。
「あのな……」
口を開きつつ三橋の方をちらっと見ると、また何か言いたげに、キョドリながらこっちを見ててギョッとする。
『阿部君、夏に、オレに言ったじゃないか』
そんな文句を言われてる気になってくる。
なんでこんな、メンドクセーことになってんだ? マジ、意味分かんねぇ。
甲子園行くまでは、好きも嫌いもねーだろ。んなこと言ってる場合じゃねーだろ。
三橋との野球を今は大事にしてぇ。それじゃダメなんか?
何でオレが、女なんかに心奪われてると思うんだ?
「オレは野球のことしか考えてねーよ!」
苛立ち紛れにそう言うと、また部室内が一斉に騒がしくなった。
「はあー? 開き直りか?」
「そんな言い分、認めねーぞ」
「誤魔化すな」
とか。口々に色々言われた。
マジ、ウルセー。
あんだけ「誰だ、誰だ」って訊いといて、正直に言ったら「誤魔化すな」とか。なんだ、そりゃ?
「るっせーな」
ちっ、と舌打ちを1つして、オレは水谷らに背を向けた。もうこれ以上、バカな話には付き合ってらんねぇ。
手早く脱いだ練習着を、スポーツバッグに詰めていく。
三橋はと見ると、まだ練習着を脱いでもなくて。前ボタンを広げたまま、ぼーっとしてんのにもイラッとした。
「じゃー、何? 好きな人なんかいないの?」
誰かの無遠慮な声が響く。
無視してると、花井が代わりにフォローしてくれた。
「つまり阿部はさ、建前として言っただけなんじゃねーの? その……体よく断るためにさ」
まさに当たりだったけど、「まーな」とだけ答えておく。
水谷辺りはまだぶーぶー言ってたが、オレは無視して三橋の側に寄った。
「風邪ひくぞ。早く着替えろ」
声を掛けると、三橋はびくっと肩を揺らした。
何か言いたそうにオレをじっと見て、けどすぐにパッと顔を背ける。
なんだ、その態度? ……と思ってイラッとしたけど、深呼吸して苛立ちを抑えた。
女がどうとか、そんなくだんねーことで、せっかくのこの関係を台無しにしたくねぇ。
今、理想的な距離感でやれてんだ。これを大事にしてぇ。
一緒にこれからも野球やって――甲子園行くんだから。
三橋は着替えを再開しつつも、ちらちらとオレの様子を伺ってる。
言いてぇことは、なんとなく分かる気がした。
やっぱ誤解してんだろうか?
ホントに「好きな女はいねぇ」って、ハッキリ言ってやるべきなんか?
……メンドクセー。
はぁー、とため息をつくと、また三橋の肩が揺れる。
これでもし、調子を崩すことになったら……「付き合えねーけどお前が好きだ」って、ホントのこと言うべきか?
(続く)
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