小説 3 告白の後で・2 そん時どう言ったかは、もう正確には覚えてねぇ。 オレだってちょっとは動揺したし、好きなヤツに、こわばった顔させんのは辛かった。 「……好きでいるだけ、でも、ダメ、か?」 今にも泣きそうな顔で、ドモリながら言われて、「ダメだ」つったのは確かだ。 「野球以外に目ェ向けんなよ」 とか。何か、そんな感じのスカしたこと言ったような気がする。 「男同士だろ、キモいんだよ」とか……ウソでも突き放してやれば良かったかな? けど、傷つけたくなかったし。オレとしては現状維持がベストだと思った。 三橋にだって、それがベストに違いねぇ。 大事なのは野球だ。 それに、別に離れる訳じゃねぇ。恋人にはなれなくたって、エースと正捕手には変わんねーし、一緒に甲子園行くんだから。 「キャッチボールなら付き合ってやるよ」 赤い顔して固まったままの三橋にそう言うと、三橋は「うん」ってうなずいた。 「変なコト、言って、ゴメン」 ぼそっと謝られたけど、返事はしなかった。 泣いてるっぽいって分かってたけど、気付いてねぇフリをした。 それから数ヶ月――。 オレの思惑通り、オレらの仲は夏のままだ。 いや、むしろバッテリーとして、イイ感じの距離感な気がする。 秋大ん頃、フォーム改造やストレートへの挑戦なんかで、派手に衝突した時だって、特に険悪にならずにすんだ。 それも多分、「野球を一番に」つったのが頭にあったからだと思う。 オレは間違ってなかった。 三橋だって、納得してるハズだ。 「オレも好きだ」って言ってやることはできねーけど、三橋以外のヤツに目ぇ向けることなんか絶対にねーし。 それで引退まで、うまくやっていけると思ってた。 内緒な、つったにも関わらず、オレに好きなヤツがいるらしいっていうのは、あっという間に広がった。 それまで何回か、同じように「内緒な」つったコトあったけど、全然広まんなかったのに。やられた。ホントあのウジウジ女たちには参る。 「聞いたよー、阿部ェ。誰? クラスの子?」 とか、顔合わせるたびに水谷に訊かれて、スゲーウゼェ。 どいつもこいつも、多分面白がってんだろう。「あの阿部がねぇ」とか「野球一筋って言ってそうなのにねぇ」とか、聞こえよがしに言って来る。 また教室で訊いてくんのが厄介だ。「あれは断るための方便だ」とか、「んな訳ねーだろ」とか、言えねぇ。 「そういうコトにしとくんだよ」とか。 それで好感度下がんなら別にいーけど、今後断る時に「ウソだって聞いたよ」とか食い下がられたら、2度と同じ手が使えなくなる。 オレが黙ってる限り、本命が誰なのかなんてバレようがねーと思うけど。 そんでも、しつこく詮索されたり、見当外れなこと噂されたりすんのはホント、うんざりした。 教室だけなら我慢できるけど、部室に入ってまで言われた。 「阿部ェ。恋してるんだってぇ?」 って。 いい加減にしろっつの。ウゼェ。 三橋が何か言いたそうに、こっちをちらちら見てんのもウゼェ。 「……何だよ?」 着替えながら訊くと、三橋はキョドキョド視線を揺らし、そんでオレを真っ直ぐに見た。 色素の薄い大きなつり目がじっとオレの顔を見て、薄い唇が少し開く。 けど……三橋が何か言う前に、田島が騒がしく割り込んで来た。 「阿部といい三橋といい、うちのバッテリーはモテモテだな!」 どういう意味だ、と、一瞬思った。 バッテリーがモテモテ? 三橋が? 「……は?」 「今日も三橋、手紙貰ってたもんなー。夏からもう何回目だ?」 「え、分かん、ない」 田島と三橋が話すんのを、オレは呆然と聞いた。 そうだ、オレが好きになったんだから、他のヤツだって三橋のコト、好きになる可能性はあったんだ。 腹の底が冷えて来る。 三橋の告白、ふいにしちまった事に後悔はねーけど……でも、モヤッとした。 「でもさー、勿体ねーよな。全部断ってんだろ?」 田島のセリフにうなずきながら、三橋がちらっとオレを見る。 「う、うん。オレ、野球、だけ」 「えーっ、それって野球だけに専念するって意味? 勿体ないよ〜」 水谷が騒がしく口を出した。 まったくコイツは、教室でもここでもマジウゼェ。人のコトに口出すなっつの。 じろっと睨んでやったけど、当の水谷は気にしてもいねぇ。 逆にびくっと肩を揺らしたのは、三橋の方だ。 「うえ、でも、阿部君、が夏に……」 ドモリながらそう言って、オレに同意を求めてる。 「ああ、そうだ。恋愛なんかしてる場合じゃねーだろ」、オレはそう言おうと、口を開けた。 けど――。 「ええーっ!? 阿部は阿部じゃーん!」 水谷が、大声でそれを遮ってくれた。 「大体、阿部だって好きな子いるって話だし。三橋だけ我慢しろっていうのは横暴だよー!」 うるせー、と思ったけど、とっさに言葉に詰まっちまった。 三橋が……大きなつり目で、オレの顔をじっと見てた。 「あれは……」 方便だ、と、言おうとしたけど言えなかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |