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小説 3
あるキャプテンの素晴らしいクジ運・2
 階段を上がると、チーズのいい匂いがぷんと漂ってきた。
「おっ、結構本格的なチーズじゃねぇ?」
 誰かの言う通り、市販のとろけるチーズとかとは、ちょっと違う感じの濃厚な匂いだ。
 予想通り、三橋の部屋の前にある広い廊下――っつーか、板の間みてーなとこには、ローテーブルがドンと置かれてる。
 ここが『外』か。
 ローテーブルの上にはホットプレートがあって、その上にはチーズ入りの土鍋。せっかくの本格的な匂いがトーンダウンしてしまう、庶民的な雰囲気だ。

 みんながテーブル周りに集まり、土鍋を覗き込んでると、田島が「そっちじゃねーぞー」と言った。
「我らがキャプテンは、『中』を選んだんだかんな。闇フォンデュパーティ会場は、こっちだ!」
 満面の笑みで指し示す三橋の部屋の入り口は、引き戸がキッチリ閉まってる。
 なんでコイツ、そんな嬉しそうなんだ?
 イヤな予感がした。
「では、お願いします、ドアオープン!」
 田島のふざけた声掛けと共に、三橋が引き戸をガラッと開ける。と、ぷーんと漂って来たのは、イヤな予感を裏切らねぇ甘いニオイ!

「えっ、何!?」
「ウソ、はあっ!?」
 みんなが口々に言った。そりゃ言うだろう。三橋の広い部屋の中は――チョコの匂いでいっぱいだった。
 こっちのテーブルの上に置かれてるのは、ムダに本格的な、ちゃんとしたフォンデュセットだ。
 土鍋よりは幾分小さ目の片手鍋で、中にはたっぷりと黒褐色のチョコが!
 その横に、フランスパンの輪切りとか一口大に切られた食パンなんかがあったけど、気休めにもならねぇ。
「田島! てめぇ、ふざけんなっ!」
 思わずそう怒鳴りつけると、田島は。

「ええ? 『中』を選んだのは花井だぜ?」

 しれっとした顔で、そう言った。
 言い返せねぇオレをよそに、田島は楽しそうに笑いながら、場を仕切ってる。
「はーい、はーい、始めますよ。みなさん、テーブルの周りに集まりましょー」
 その声に合わせ、みんながビミョーに沈んだ顔で、ローテーブルをぐるっと囲った。
 ここで「ふざけんな」つって暴れるヤツがいねー辺り、オレらも大概付き合いがいい。

「ほらね、チョコフォンデュだって言ったろ?」
 水谷が震え声で言ったけど、ちっとも嬉しそうに聞こえねぇ。
「自分の持って来たもの食べるんで、いいんじゃないかな?」
 弱々しく言ったのは沖だ。けど、そんな意見は無視される。
 当たり前だ、冗談じゃねぇ、オレなんてホタテとブロッコリーだぞ? そりゃ――『中』を選んだんはオレだけど。
「さすが花井、引きがいいよね……」
 ぼそっと呟いたのは誰の声だ? けど、悔しいが言い返せねぇ。

「まあまあ、闇フォンデュに入れんのは、持って来たモンのうち片方1個ずつでいーからさ。パーティ終わったら、『外』でも『中』でも、自由に楽しもーぜ!」

 田島が陽気な声で言った。
 そうか、持って来たモン1個ずつ、マシな方選べるのか……と思ったけど、安心できねぇ。
「じゃーみんな、順番に入れてくれ。1人が入れてる間、他の奴は後ろ向いとけよ。何入れたかは内緒な? オレと三橋からは、フランスパンと食パンを投入! 当たりが出るといーな?」
 田島の言葉に、三橋が「おおおっ」とハイテンションに答えた。

 他人事みたいに呑気だな。そんなヤツに限って、ホタテ引いたりするんだぜ。
 つってもオレだって、2つに1つ選べる状況でホタテ入れる程バカじゃねぇ。ここはやっぱ、ブロッコリーだろ。
 巣山はおにぎり入れんのかな? 阿部は当然……バナナだよな?
 胃を押さえながら考えてる内に、順番が来た。
「次、花井」
 田島に促され、そっとブロッコリーのタッパーを開ける。
 チョコの鍋を覗いて見たけど、真っ黒で何も分かんねぇ。けど、すでに不気味なモンがゴロゴロと入ってるっぽくて不気味だ。
 ブロッコリーを1個投入し、菜箸でぐいぐい中に押し込んで、また鍋に背中向けて座る。

 ちらっと巣山を見ると……唇をグッと引き結んで、何かに耐えるような難しそうな顔してた。
 そうだよな、耐えなきゃいけねーよな。さすが巣山。
 こういう時は、冷静でまともなヤツがいてくれると心強い。
 
 普通のチョコフォンデュにはまず必要ねぇだろう、紙皿と割り箸が配られたところで、取る順番を決めることになった。
「この場合、先の方がいーのか? 後の方がいーのか?」
「ハズレを引く確率って、先と後とじゃ変わんのかな?」
 確率、と聞いてパッとPの公式が浮かぶけど、あいにくそこから式を立てるまでの精神帝余裕はねぇ。
「もう適当でいーんじゃねぇ?」
 誰かが言った。
「さっきのさ、具材入れたのと逆順にしない?」
 鍋を凝視しながらそう言ったのは水谷で、思惑がミエミエ過ぎたため却下だ。
 何入れたのか知らねーけど、チョコフォンデュ用に持って来た具材だから、当たりなのはまず間違いねぇだろう。

 と、そこで阿部が言った。
「背番号順でいーんじゃねぇ? なあ、三橋?」
 これも思惑がミエミエだったけど、今回は、敢えて反対するヤツはいなかった。
「じゃあ、席替えだな」
 そう言っていそいそと三橋の横に座る阿部は、キモいけどちょっぴり健気で、ちょっぴり哀れだ。
 阿部が三橋にどういう感情を抱いてんのか、みんな知ってるが三橋だけが知らねぇ。つーか、気付いてねぇ。
 かなりあからさまにプッシュしてるが、うちのエースの鈍感ぶりは並みじゃなかった。
 どっちの味方するべきなんかよく分かんなくて、結局放置したままだ。多分他のヤツらもそうだと思う。生ぬるい目で見つめてる。

「い、一番、いき、ます!」
 真横から注がれる熱い視線をものともしねーで、三橋が割り箸を手に取った。
「よーし、消すぞー」
 田島が一声かけて、部屋の明かりをパチンと消した。
 カーテン閉めてるっつってもさすがに昼間だし、遮光カーテンじゃねーんだから真っ暗にはならねぇ。けど、薄暗い。
 鍋ん中はチョコだから、これでもう十分闇フォンデュだ。
「1回掴んだモノはリリース禁止だぞ」
 田島の言葉に「うんっ」とうなずきながら、三橋が鍋に箸を入れる。
 ついで、阿部。沖。栄口、巣山……。

 誰も声を上げねぇ中、ついにオレの番が来た。えいっと箸を入れると、すぐぶち当たったのは、長くてちょっと柔らかいモノ。
 あ、この大きさは――阿部のバナナじゃねーか?
 阿部の、ってのがイヤな感じはしたものの、バナナなら当たりだ。少なくともホタテよりは当たりだ。
 オレは迷わず、それを取って紙皿に入れた。
 薄暗い中、真っ黒なチョコに覆われた太くて長い何かは、ものすごい存在感を放ってた。

(続く)

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