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小説 3
追憶のカウントダウン・10
 元々こうなる前から、オレに同棲中の恋人がいることは伝えてあった。
 本命がいるうえでの浮気だってことは、女の方も分かってたハズだった。それに女の方だって、慰めてくれる相手は他にもいるっつー話だった。
 だから――。
「待って、ねぇ、捨てないで」
 そんな風に縋られたのは、意外だった。
「カノジョいてもいい。2番目でもいいから!」
 って。

 どうせ演技だろう。オレがほだされて留まれば、ころっと本性見せて笑う女だ。うんざりだ。
 仮にホントに心からそう言ってたって、もう耳を傾ける訳にいかねぇ。
「オレにはアイツしかいねぇ。お前じゃ代わりにもなんねぇ。終わりだ」
 そう言い放つと、女はカッと頬を赤くした。
「言いふらしてやるから! 弄ばれたって、会社に言いつけてやる!」
「好きにしろ」
 はあ、とため息が出る。マジ、うんざりだ。

「アイツを失うくらいなら、仕事失う方がマシなんだよ」
 そう言うと、女はぐっと黙り込んだ。

 お前もそういう相手見付ければ、と、ちらっと思ったけど言わなかった。
 泣いてるっぽいけど嘘泣きだろうとしか思えなかったし、泣かれようが喚かれようが、もうどうでも良かった。
 置いてある私物がどうとか言われたけど、重要なモンなんか置いてるハズなかったし。
「いらねーよ、全部捨てろ。あと、アドレスも電話番号も消しとけよ? まあ、着拒するからどうでもいーけど」
 背を向けると、女が大声で言った。
「冷たいなぁ!」
 もう振り向いてやんなかったから、どんな顔してたのかは分かんねぇ。ただ、「そこがいいんだけど」とは、もう言われなかった。

「ばーか! もげろ!」
 清々しい朝には似つかわしくねぇ罵声が響いて、一瞬やっぱムカッとしたけど、舌打ち1つして我慢した。


 女ともそんな長話はしなかったし、往復の移動を含めても、かかった時間は1時間あまりってとこだろう。
 三橋は不安そうにしてるだろうか?
 まさかまたTVを大音量にして、ヒザ抱えてぼうっとしてたりしねーよな?
 そう思うとなんか、無性に胸が騒いだ。
 早く帰らねーと、って気分になる。
 帰って、顔見せて、「終わったぞ」って伝えて。強く抱き締めて安心させてやりてぇ。
 そんで静かに抱き合って、ゆっくりもう一度繋がりてぇ。

 ……終わりにしたくねぇ。

 緊張のせいか、明日への不安のせいか、気が逸る。
 電車に乗ってる間もじりじりとしてソワソワして、歩いて帰る気にもなんねーで、オレは駅から走って帰った。

 玄関は、鍵がかかってた。
 ドキドキしながらドアを開け、しんとしててホッとする。昨日みてーに大音量のTV見てたりはしねーみてーだ。
「三橋、ただいま」
 声かけながら中に入るけど、ダイニングにもリビングのソファにも三橋はいなかった。
「三橋?」
 寝てんのか? そう思って三橋の部屋を覗くけど、相変わらず引っ越しのダンボールが積み上がってるだけでガランとしてた。
 この前見た時、まだ封のしてなかったダンボールにもガムテープが貼られてて、背筋に冷たいモノが走る。
 クローゼットは空っぽ、で。いつでも出て行ける状態になっていた。

 見たくねーモノを見せられた感じで、腹の底が冷たくなった。高まりかけてた気分が、一気に下がって目眩がする。
 三橋はどっかに出掛けたんだろうか?
 念のため、オレの部屋も覗いて見たけど、思った通り無人だった。
 また何か買い物か?
 玄関に行くと、三橋の靴が1足もねぇ。
 全部、箱に詰め込んじまったのか。どうしても出て行くんだろうか。

 いや、でも……まだ「本番」は始まってもねーし。
 ポリネシアン・セックス。
 心を通わせるスローセックスを通して、三橋の気持ちを感じてぇ。オレの気持ちも全部、三橋にちゃんと伝えてぇ。
 オレはソファに座り、じっと三橋の帰りを待った。
 取り敢えずは、笑顔で「お帰り」って言ってやる事から始めよう。
 コンビニか、スーパーか、それとも銀行にでも行ったんかどうかは知んねーけど。きっとすぐ戻るだろうと思ってた。

 けど――1時間たっても、2時間たっても、昼を過ぎても、三橋は帰って来なかった。

 さすがに遅ぇだろうと心配になって、三橋のケータイに電話する。昨日の昼には繋がった番号だ。
 なのに。
『お客様のおかけになった電話番号は、現在使われておりません……』
 そんな機械音声が流れて、ゾッとした。
「は? ウソだろ……?」
 だって、つい昨日電話したばかりだ。「急な残業で」って。昨日の今日で、何で……?
 慌てて「今どこだ?」ってメールを送ってみたけど、それもすぐ、あて先不明で帰って来た。

 ガタッと立ち上がる。
 叫び出したくなんのをグッと抑え、アドレス帳を確認する。三橋の名前を確認して、もっかい通話ボタンを押す。けど。
『お客様のおかけになった電話番号は……』
 さっきと同じアナウンスに、鳥肌を立てただけだった。

 着信拒否されたのか、とも思ったけど、確かその場合のアナウンスは「お繋ぎできません」とかだったハズだ。「使われておりません」ってのはおかしい。
 じゃあ、解約した? それとも、電話番号を変えちまった?
 そんで、オレにだけ新しいのを知らせてねぇ?
 バカな、って思うけど、有り得そうで怖ぇ。じりっと胸が焦げる。
 目ぇ離すんじゃなかったって、後悔しても遅い。

 三橋の部屋にもっかい戻って、見たくねぇハズのダンボール箱の山を見る。ちゃんと中身は詰まってるみてーだし、失踪って訳じゃねーんだろう。
 だったら――まだ、間に合うかも知んねぇ。そう思うのに、ちっとも安心できなかった。
 怖かった。

(続く)

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あきゅろす。
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