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小説 3
追憶のカウントダウン・9
 ポリネシアン・セックスで重要なのは、体の繋がりよりも心の繋がり。体液の交換より、「気」の交換。
 求めんのは肉体的な快楽じゃなくて、愛情や信頼の深まりだ。
 三橋の言う「本番」に向けて、それ以外の日は裸で添い寝し、ゆっくり気持ちを育てていく。
 衝動的なセックスより、きっと今の三橋はじっくり気持ちを確かめ合うような、スローセックスを求めてる。


 三橋に拒まれた後、トイレで処理しようと起き上がったオレを、三橋がおずおずと引き止めた。
「あ、の、オレ、口で……」
 って。
 そんなコト言ってくれるとは思ってなかったから、ビックリした。
「……やってくれんの?」
「う、ん。阿、部君がイヤじゃ、なかった、ら」
 ためらうように言われたセリフに、「イヤな訳ねーだろ」と即答したけど、三橋はうつむいたままだった。

 あぐらをかいたオレの股間に、三橋がおずおずと顔を伏せる。
 10年付き合って、フェラなんか何回やって貰ったか分かんねーくらいだったのに、スゲー倒錯的に感じた。
 湿った粘膜に包まれた瞬間、あまりの快感に目眩がした。
「はっ……」
 思わず突き上げそうになんのを、奥歯を噛み締めて耐え、柔らかな猫毛に手を這わす。
 どこをどう舐めればイイとか、三橋は当たり前だけど熟知してて。それでも、不安そうに伺うように上目使いで覗かれて、息が詰まった。
 ものの数分で追い上げられ、あっけなく射精する。三橋はそれを当たり前みてーに口で受けて、ごくんと飲み下した。

 嫌いになった男相手に、こんな真似しねーよな?
 荒い息を吐きながら、三橋の肩を軽く押す。
「今度はお前な」
 同様に気持ちよくしてやろうと思うのは、自然な流れだ。
 三橋は「い、いいよ」と慌てたように首振ったけど、そんな遠慮は不要だし。オレだけじゃ意味がねぇ。
「いーから、抵抗すんな」
 静かに言って押し倒し、とろとろと蜜をこぼしまくってる陰茎に顔を寄せる。
 こうしてフェラしてやんのも、そういや随分久し振りだ。

 竿をそっとつまみ、鈴口を口の中で吸ってやると、「ふあっ」と甲高い声と共に口射された。
 びしゅっと濃い液が口内に飛び散り、あまりの濃厚さにちょっと驚く。
 前から甘かったような気もすっけど、とろりと濃くて後を引く、こんなのは初めてだ。飲み下して、口元をぐいっとぬぐう。
「よっぽど溜めてた?」
 三橋が自慰してる様子なんて、ちょっと想像できねーけど。
「あんま抜いたりしなかったんだな」
 真っ赤になってんのを抱き寄せて、ベッドにゴロンと横たわりながら訊く。

 けど、甘い雰囲気にはなんなかった。
 三橋は唇をわななかせ、両手で顔を覆って吐き出すように言った。
「だって……ひとりはイヤ、だ、った」

 ドキッとした。

 恋人と同棲してて、「自分で抜け」って考えてみりゃ残酷な話だ。
「……ごめん」
 謝る言葉しか持ってねぇのが、自分でも情けねぇ。
 ぎゅっと抱き寄せ、抱き込んで、わななく背中をゆるくさする。
 衝動的に抱かれんのを嫌がる気持ちが、ようやくオレにも身に染みた。
 今のオレに、三橋を抱く資格なんかなかった。


 土曜日。
 トーストとコーヒーだけの朝メシを済ませ、着替えを済ませて家を出た。
「女と切れて来る。もう会うつもりなかったけど、オレだけがそう思ってても意味ねーもんな。合鍵返して、アドレス消去さして、もう終わりだって言って来る」
 オレの言葉に、三橋は真っ白な顔でゆっくりとうなずいて、「わか、った」と短く言った。
「すぐ戻るから。だから、それが終わったら、お前のこと抱かせて?」
 言いながら白い頬に手を伸ばすと、三橋はかすかにそれに頬ずりして、じわりと笑った。

 眉は下がってたけど、いつものことだし気になんなかった。
 視線が合わねーのは寂しかったけど、自業自得だった。

「行ってくるな」
 そう言って顔を寄せると、ぎこちないながらも顔を上げ、軽いキスに応じてくれた。
 シャツの胸元をぎゅっと握ってんのを見て、不安がってんの分かって胸が痛む。
 けど、行くしかねぇ。
 ホントはもっと前に切れておくべきだったのに。そうしなかったのは、オレの怠慢だった。

 女んちは、うちよりもオフィスに近い。
 単身者用のワンルームマンションだけど、ロフトがあるせいでゆったりしてた。
 昨日、男連れだったのを思い出して、腹の底に澱が溜まる。
 そういう女なのは知ってたし、楽だったけど、ホントの安らぎをくれんのはやっぱ、三橋しかいねぇ。
 どんなに気まずくたって、ホントに帰る場所はあそこしかなかった。
 寄り道も脇見も、するべきじゃなかった。

 他の男と鉢合わせしたら面倒だな、と思ったけど、幸いにも誰もいなかったみてーだ。
 いや、帰った後だったんかな?
 呼び鈴を鳴らすと、化粧の剥げた顔がドアから覗いた。キャミソール1枚のだらしねー姿に眉をひそめる。
 きゃぁ、と甲高く笑われて、苛立ちが沸き上がった。

「おはよー、タカヤ。偶然、今、電話しようと思ってたんだよー?」
 適当なことを言いながら、女が大きくドアを開け、オレに中に入るよう促す。
 けどオレは、もう1歩もそこに踏み入れるつもりはなかった。
「ねぇ、入って」
 マニキュアを塗った手が、無遠慮にオレに伸ばされる。オレはその手を掴み上げ、手のひらを上向かせて、無理矢理合鍵を握らせた。

「返す。ここにはもう来ねぇし、お前とは終わりだ」

 女が「えっ」と目を見開いて、返した鍵を取り落した。キン、と微かな音を立てて、小さい金属が廊下に跳ねる。
 それはオレの足元に転がったけど――拾い上げてやるつもりは、もうなかった。

(続く)

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