小説 3
追憶のカウントダウン・8
三橋をイスに座らせて、雑炊はオレが器に盛り付けた。
豚汁んときによく使ってた、ちょっとデカ目の汁椀によそって、レンゲと一緒に三橋の前にも置いてやる。
意外そうに顔を上げる三橋に、「メシ食ったか?」って訊いてやると、返事はなかった。
多分、食ってなかったんだろう。
つーか今まで――オレがいねー時も、ろくに食ってなかったんかも。だからこんなに痩せちまったんじゃねーか?
どんなにへこんでたって、メシ食うコト忘れねぇヤツだったのに。
「うまそう」
ぱん、と手を合わせて言うと、三橋がまた泣きそうに唇を歪めた。
「いただきます」
三橋は一緒には言ってくんなかったけど、構わず雑炊を口に運ぶ。熱々でいい匂いがしてて、スゲーうまくてバクバク食べた。
「うめーな。ちょっとしょうゆ入れた?」
食いながら訊くと、三橋はこくりとうなずいた。
「初めて作ったよな?」
その問いには、微かに首をかしげられる。眉が下がってる。
『あのね、それ、お父さんが、ねっ……』
たどたどしく、でも嬉しそうに、レシピについて語る声はねぇ。
『お代わり、いる?』
そう言って、山盛りにして食わしてくれたの、あれはいつ頃のことだっただろう?
「……ずっと美味いメシ、作ってくれてあんがとな」
当たり前のことを伝えただけで、三橋の顔がまた泣きそうに歪んだ。
胸の痛みを誤魔化すように、ガタンと席を立つ。自分のと三橋のと2人分、空になった器を一緒に下げて、シンクの方に持って行く。
勢いよく水を出して食器を濡らし、スポンジを手に取ると、三橋が焦ったように立ち上がった。「オレ、する」って。
「いーよ、今日くらい洗わせてくれ」
そう言うと、困ったようにキョドってたけど、「ヤケドの後だろ」つったら、大人しくなった。
ヤケドも勿論心配ではあったけど、それより、何かしてやりたかった。最後に。
いや――最後じゃなくて。
最後にして欲しくねーんだけど。
じゃーじゃーと水音のする中、洗剤をすすいだ食器を水切りカゴに入れていく。
カチャン、カチャンと微かに食器の音がする。
「……出て行くの、やめねーか?」
精一杯落ち着いた声で、オレは食器を洗いながら言った。
三橋の声は聞こえねぇ。
どんな顔されてんのか、振り向きてーような怖いような、複雑な思い抱えつつ洗い物を進める。
空になった土鍋と、雑炊に使った椀とレンゲ、麦茶を飲んだグラスだけの洗い物は、終わるのもすぐで、時間をもたせることもできねぇ。
答えのねぇまま、もう一度言う。
「もっかいチャンスが欲しいんだ。もう二度と裏切らねぇって誓うし、もう泣かさねーって約束するから」
最後の食器をすすぎ終え、きゅっと水を止めて、オレは三橋を振り向いた。
やっぱ返事はなかった。三橋はぼんやりとオレを見つめてて、目が合った瞬間、ギクシャクと顔を背けた。
今更バカなことをって思われてっかな?
ただ、少なくとも、嫌悪の色は浮かんでねぇ。その予想になけなしの勇気を乗せて、オレはもっかいキッパリと言った。
「出て行かねーでくれ」
三橋はオレから目を逸らしたまま、その場でビキッと固まった。
薄い唇が微かに開く。
「最後にしたくねぇ」
更に言葉を重ねると、太い眉が下がった。小さく首を振られる。
「ダメ、だよ」
震え声での拒絶が、ぐさっと胸に突き刺さる。けど――。
「ひ、引っ越し屋さん、頼んでる、から」
三橋が口にしたのは、そんな言い訳だった。
「部屋ももう借りてる、し」
って。
顔もみたくねーとか、信用できねーとか、嫌いになったとか――そんな理由なら諦め切れたかも知んねーけど、これじゃ無理だ。
まるで、まだ未練あるみてーに聞こえる。
引っ越しなんか、いくらでもキャンセルできるのに。
ますます諦め切れなくなって、ベッドに入ってからも、説得を続けた。
背中向いて寝ようとすんのを、こっち向かせて、抱き締めて。
柔らかな髪を撫で、白い顔を覗き込み、「好きだ」って言ったら首を振られた。
への字口で、すんっと鼻を鳴らす三橋に、色っぽいとこなんか何もねーけど。でも、やっぱ失くしたくねぇと思う。
このままでいたい。
「もうオレのコト嫌いか?」
間近で顔を見ながら訊くと、三橋は「ふえっ」としゃくり上げた。
「もうやり直せねぇ?」
質問に首を振られる。
涙声で「わ、かんない」と言われた。
「自信、ない」
って。
「何の自信だよ……?」
「そ、れも、わかんっない」
小さくしゃくり上げるごとに、抱き込んだ肩がひくりと揺れる。涙まみれの頬に手をやると、自然に唇が重なった。
キスの仕方も忘れたみてーに、ぎこちなく応じる甘い舌。
わなないて、ひくひくと小さく息が漏れるのを聞くと、全身が震えてたまんなくなった。
好きだと思う。
愛おしい。
「三橋」
思いを込めて名前を呼び、深くキスしながら乗り上げる。
痩せた体を下に敷き、肌を撫で、勃起したものを押し当てると、三橋がハッと息を呑んだ。
首筋を舐め上げ、乳首を指先で転がし、筋張った片足に手を掛ける。
三橋もとうに勃起して、先端からぬるついた液を可哀想なくらい垂らしてた。
けど――。
「だ、めだ」
三橋は震える声でそう言って、ぐいっとオレを突っぱねた。
「なんで?」
ギョッとして尋ねると、三橋は。
「ぽ、ポリネシアン・セックス中、だよ。ほ、本番は、明日、だ」
そう言って、泣きそうな顔でオレを見た。
きゅっと寄せられた下がり眉。引き結ばれた唇。
「本番」が終わったらどうすんのかの答えもねぇままに、三橋はオレに組み敷かれたまま、下手くそな笑みを浮かべた。
……退くしかなかった。
(続く)
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