小説 3
追憶のカウントダウン・2
ポリネシアンセックス――ポリネシア地方で伝承されてきた、射精よりも精神的な交わりを重視するセックス。スローセックスの1つ。
三橋がオレに手渡した説明書きには、あいつなりに調べたんだろう、大体の手順が書かれてた。
●月曜から金曜まで、毎晩裸で添い寝する。その際、性的な触れ合いはしない。
●セックス前の食事は控えめにする。
●前戯に最低1時間かける。
●挿入後30分はピストン運動をしない。
●少しだけ動かす、休憩する、を繰り返す。
●達した後も結合は解かず、繋がったまま抱き合う。
●行為に集中できるよう、電話の電源を切っておく。
自分でもネットで調べてみたけど、大体は似たり寄ったりのコトが書かれてた。
マンネリ気味のカップルにおススメだとか。愛が高まる、とか。調べれば調べる程メンドクセーと思えてくる。
大体、なんで今更? 提案するなら、もっと前、オレが……。
オレが浮気する前に、と思いかけて、じゃあいつだったら良かったんだと自問する。
へぇいいな、やってみよーぜ、と快く引き受ける自分ってのが想像できねぇ。
三橋と最後にセックスしたのがいつだったのかも、もう覚えていなかった。
三橋がカレンダーに印付けたせいで、イヤでも「その日」を意識させられた。
リビングの目立つ位置にカレンダーは貼られてて、今までそんな、カレンダーがあったかどうかも覚えてねーのに、目を背けたくてもできなかった。
月曜から土曜までの6つの丸印より、日曜に付けられたバツの方が目に入る。
その日に――三橋が出て行くんだ、と、そう思ってもまだ実感が沸かなかった。
オレ達はとうに冷め切ってて、寝る部屋ももう一緒じゃなかったし。自分の部屋に籠っちまえば、一人暮らしと変わんねぇ。
晩メシだって、そういやもうずっと、一緒に食ってなかった。女んちでたまにメシ食うのを誤魔化すため、それ以外の日は外食してた。
いつから気付かれてたんかな?
三橋は結局、浮気のことはあれ以上何も言わなかったけど。
口出しされんのはウゼーけど、知ってて責められもしねーのは複雑だ……って、我ながら勝手だ。
家に帰るたび、落ち着かねーでイライラしてたのに。浮気を知られてたと分かった途端、苛立ちがすっと醒めた。
女に対して感じてたモノも、一気に醒めたのは不思議だった。
「月曜から1週間、会えねぇから」
女にそう言うと、「えーっ、なんでーっ?」と跳ね上がった声で言われた。
「カノジョに浮気、バレちゃったの?」
あっけらかんと図星刺されて、ムカッとする。
オレが顔しかめても、女はまるで気になんねーみてーでケラケラと笑った。
「言わなきゃバレないよぉ」
って。そういう問題じゃねーだろ、っつの。
三橋のまっしろな顔を思い出す。
今の三橋には、もう、ウソも誤魔化しも通用しそうにねぇと思った。
あらかじめ「会えねぇ」って言っといたにも関わらず、オレが仕事を終え、まっすぐ帰宅しようとオフィスを出ると、外に女が待っていた。
月曜日。
「ねぇ、コーヒー1杯だけ付き合ってよ」
グイッと腕を取られて、信じらんねー思いで女の顔を凝視する。
ああ、始まりもこんなんだったな、と思い出す。
「恋人と同棲してっから」なんてのは、この女への牽制にはなんなくて。コーヒー、食事、酒……と誘われ、ついには寄り道がホテルになった。
どこまでなら同僚との付き合いの範囲で、どっから浮気になるんだろうな?
一番最初のコーヒーすら許すんじゃなかった、と、今となっては思うけど。
「触んな」
オレは女の腕を振りほどき、大股で駅に向かった。
追いかけて来られたらメンドクセーとゾッとしたけど、さすがにそこまではするつもりなかったみてーだ。すぐに「ばーか」っつーメールが届いて、ムカつくよりホッとした。
けど、家が近付くごとに、足が重くなった。
胸の奥がどんよりと黒い。
三橋との約束がどうでも、家に帰りたくねーことには変わりなかった。
帰ったら晩メシ、作ってるかも知んねぇ。その可能性を見て見ぬ振りで、適当なメシ屋にふらっと入る。
浮気じゃねーんだからいーだろうと考えて、やましい心にフタをした。
家に帰ったのは、9時を過ぎてからだった。
ダイニングテーブルに食事の支度ができてんのを見て、訳もなく目を逸らす。
「お帰り」
三橋は感情の消えた顔でオレを見て、「お風呂できてるよ」と言った。
メシ食って来たかとは訊かれなかったけど、まあ9時だし。当然食ってきてると思うよな。
熱い湯に入り、はーっとため息をつく。
何もかもメンドクセー。三橋と添い寝すんのも、考えるだけで面倒だった。
風呂の後ダイニングに戻ると、テーブルの上はキレイに片付けられていた。
メシどうしたんかな、と、ちらっと思う。冷蔵庫開けても、ラップかけたような皿は見当たらなかった。
捨てたか、食ったか……どっちにしろオレには関係ねぇけど。
「寝る」
ソファに座る三橋に言い捨てて自分の部屋に入ると、三橋が後をついて入って来たんで、イラッとした。
やっぱ、一緒に寝んのか。
睨みつけてやったけど怯みもしねーで、三橋はさっさと服を脱ぎ、白い裸をオレの前に晒した。
「阿部君も、脱いで」
冷たい声。
随分久し振りに見る白い裸体は、記憶にあるのよりずっと痩せてて、オレのせいかとドキッとした。
(続く)
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