小説 3 光巡る・9 玄関から1歩出ると、そこはもう半分、陰鬼のテリトリーみてーなもんだった。 薄闇の世界。 場所は三橋のマンションの前だけど、通行人もいなけりゃ車も通らねぇ。街路灯も点いてねぇ。 空間が歪められてる感じか。 ゆっくりとマンションの階段を降りながら、それもそうか、と納得する。 陰鬼にとっちゃ、光そのものみてーな三橋は邪魔だもんな。三橋の邪魔の入らねーとこに、オレを引き込もうって訳だ。 けどそれは、オレにとっても都合がいい。もうこれ以上、アイツにケガなんかさせたくねーし。 何より、三橋にケガさせた陰鬼は、オレがこの手で斃したかった。 オレが三橋の部屋ん中に閉じこもってた1ヶ月、あっちもただぼんやりしてた訳じゃなさそうだ。 強くなってんのが分かる。 陰の気がスゲー強くて、肌寒いくらいだ。 腕を掴まれた時の恐怖が。記憶の底からよみがえりそうになって来る。 けど、それより怒りの方が強い。 陰鬼に対する恐怖はもう、戦いの興奮を妨げねぇ。 調伏してやる。 オレは静かに呼吸を整えながら、階段の下に降り立った。 すぐそこに見える道路からは、街路樹が1本欠けてんのが見える。あそこのが投げられたのか、と、そう思うと腹の底が熱くなる。 「来てやったぞ。用があんのはオレだろ」 右手に刀印を結んだまま、オレはぐるりと闇を見回した。 様子を伺ってんのか、それともまだ何か企んでんのか、陰鬼は姿を現さねぇ。 闇の者が正々堂々と来るハズもねーけど、本来は膝丈の薄い弱い鬼だから、力頼みには来ねーかも知んねぇ。 油断なく集中しながら、そっと目を閉じる。 殺気っつーか、害意っつーか、とにかく陰の気がそこら中に漂ってる。 でも、負ける気がしなかった。 光を巡らせた右手の先には、三橋と同じ金の刀がキレイに輝いてて、周りの闇を照らしてた。 目を閉じてると、その光刀は余計にくっきりと闇に映える。 ふと、背後に月が出てんのに気付いた。 ハッと振り向くと、真っ白い満月。ホンモノかどうかってより、まず月は――陰だ。 右手の刀印でザッと横に切ると、月はあっさりと半分に割れて、こっちに襲い掛かって来た! 「斬!」 叫びながら迎え撃つ。2つの白く陰った光は2つの白い何かに変わって、左右から頭を狙って来た。 右手の刀で斬ろうとするけど、ひらひら避けられて当たんねぇ。 「くそっ」 吐き捨てて1歩後ろに飛んで退がると、同時にさっきいた足元の影から、無数の黒いトゲが生え襲った。 目をやると、その隙を見計らったように、白いひらひらが飛んでくる。 「ちっ」 ウゼェ。 そんで、やっぱり光る刀が当たんねぇ。 そんな間接攻撃、いくら仕掛けられても避けてやるけど、遊びに付き合えるほど暇じゃねーし。 よっぽどこの、刀がイヤなんだろうか? だったらさっさと諦めりゃいーのに、それでもオレを狙ってくんだからシツコイ。 オレが封印した分より、さらに強い力を蓄えて来たくせに。理屈じゃねーんかな? 陰鬼の考えてることなんかワカンネー。いや、仮に分かっても……。 「逃がしてなんかやんねーけどな」 オレは右手の刀印を左手の鞘に納め、一旦印を解いた。 スッと金の光が消えて、右手首だけに名残の三橋の手形が残る。印を解いても変わらず、右手に光が巡ってる。 自由に動き、印を結べる。感知の印。 「索!」 闇に紛れてオレを狙う、陰鬼の居場所を感知する。 目を閉じて呼吸を整えると――オレの背後から、黒い影がスススッと素早く近寄るのを感じた。 「そこだ!」 どの印を結ぼう、とか考えてる暇はなかった。 素早く飛び退きながら、手が反射的に金縛りの呪印を順番に結ぶ。内縛印、剣印、刀印、転法輪印、外五鈷印、諸天救勅印、外縛印。 1つ1つ印を結ぶごとに光が走って、最後の外縛印と共に、陰鬼をその場で呪縛した! ギャァァァ、と不吉な叫び声が闇に響く。 ウザかった白いヒラヒラが、同時に力を失くして霧散した。 両手の指を交互に絡めて握り込む外縛印、それをしっかりと結んだまま、オレは陰鬼をじっと見据えた。 「はっ、随分デカくなったな」 恐れなんて抱いてねーぞ、と不敵に笑いながら見下す。 いや、相手の方がデカいから、見下すってのは変かも知んねーけど。でも、見下すように眺めた。 本来、膝丈しかねぇようなザコのくせに、どんだけ執念深く力を貯め込んだんだか恐ろしくデケェ。 昨日、掲示板でみた「3m」ってのは盛り過ぎだろうと思ってたけど――そんくらいはやっぱ、ありそうだった。デカい。しかも黒い。 オレを探して徘徊してたか。それとも、オレを倒すための力を貯めるべく徘徊してたか。 印を結ぶ両手が、ぶるぶると震える。スゲー抵抗でゾッとする。 『貴様なんぞに封じさせんぞ!』 ヒトとは違う、声なき声がビリビリと響く。 真っ黒な鬼が牙をむいて吠える。1か月前、同じ印を結んでる最中に、解かれちまった恐怖を一瞬思い出す。 けど、今のオレだって、あん時とは違う。 「封じさせねぇ? じゃあどうすんだ、よっ!」 気合と共に、オレは外縛印を解いた。 その隙を見逃さず、自由になった陰鬼がガァァッとオレに襲い掛かる。けど、オレが再び刀印を結び直す方が早かった。 左手で作った鞘から、右手で作った刀を抜く。三橋の光は、まだ巡ってて――金の光の刀身が現れる。 その刀を。オレは迷いなく、呪を唱えながら振るった。 ギャァァァッ! 怒りを含んだ陰鬼の、断末魔の声が闇に響いた。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |