小説 3 光巡る・8 (流血注意) ※多少流血描写がありますので、苦手な方はご注意ください。 三橋がひらがなで、気合の入らねぇ声を出した。 「はっ」 言いながら、ぶんっと光の刀を振る。 おまじない程度の効果しかねーけど、金に輝く光の星が、玄関いっぱいに貼りつけられる。 結界の完了。居場所がバレちまったんなら効果は薄いけど、時間稼ぎぐらいにはなるだろう。 その間に光を貰いてぇ。 「三橋、来い!」 オレは右手に刀印を結んだまま、中に入るように三橋を呼んだ。 これ以上盾にするつもりはねぇ。 「オレの後ろに! そんで、ワリー、手だけ貸してくれ!」 三橋は「うんっ」と答え、オレの方を振り向いた。さっき星を描いた玄関口に、くるっと無防備に背を向ける。 と、次の瞬間――。 ビュッ! 鈍い音を立てて、光る星の印に閉ざされた玄関の向こうから、何かが中に飛び込んできた。 「なっ!?」 バカな、陰鬼はそう簡単に、この中に入って来れねぇハズ。 なのに次々と小さな何かが飛んで来て、床や壁に当たり、ゴン、ガン、と鈍い音を立てて行く。 壁に跳ね返ったのを拾い上げると、普通の石だ。 オレのすぐ足元にも飛んで来て、床に当たってガシャンと割れた。植木鉢だ。土の匂いにゾッとする。 石、植木鉢、枯れ枝などが、結界の隙間――光る星の隙間から投げ込まれてる。まだ小さい物ならマシだけど……。 ヤベェ! 「三橋、よけろ!」 「な、な、何? 誰?」 三橋は怯えつつ、玄関の外を覗き込んだ。 闇を通さねぇ三橋の目には、一体何が映ってんだろう? 「阿部君、木が!」 怯えたような声と共に、外でミシッと音がした。 「いいから、中入れ!」 オレはただ、必死に怒鳴った。 三橋は光だ。闇の影響を受けねぇ、光の人間だ。 オレがされたみてーに、陰鬼に掴まれることもねぇ。けど――物理攻撃は無効にならねぇ! 「伏せろ!」 鋭く指示を出しながら、オレは三橋に駆け寄った。 狭いワンルームだ。玄関口まで数歩もねぇ。左腕を目いっぱいのばせば、愛おしい光に手が届く。 三橋の手を引き、オレの後ろに下がらせると、三橋が縋るようにオレの右手首を掴んだ。 じゅっと音を立てて光が巡る。 結んだままの刀印が、三橋と同じ金になる。 「去れ!」 オレは右手から伸びる金の刀を、玄関口の星の向こうにぐいっと伸ばした。 それで封印はできなくても、多少の時間、退けることはできるだろうと思ってた。 けど――。 「……え?」 手ごたえがなかった。 星で描かれた結界の向こう、突き出した刀印の先には何もいない。 なんでだ? 脅すだけ脅して、消えた? じゃあさっき、三橋が見た「木」ってのは何だ? ミシッつった音は? 心臓が痛い。緊張し過ぎて鳥肌が立つ。 これであの陰鬼が、いったん退いたとは思えなかった。だってまだ、右手が痛ぇ。 三橋に手首を掴んで貰って、アゴまでの痺れは取れたけど。でもまだ冷てぇ。痛ぇ。闇の影響が残ってる。 まだ近くにいる。 玄関口にいねーなら……じゃあ、どこに? オレは玄関口から目を逸らした。 いつの間にか、投げ込み攻撃はやんでいて、部屋中がしんとしてる。 石や枝を投げ込まれ、散らかっちまった部屋の中へゆっくり視線を巡らせると――ついさっきまで夕陽が見えてた窓の向こうが、いつの間にか真っ暗になってて、ギョッとした。 たった数分でそんなになるか? と、そう思った直後。 ガッシャーン! 掃き出し窓が割れて、折られた街路樹が飛び込んで来た! 「三橋、風呂場行ってろ!」 狭いワンルーム。玄関も窓もダメなら、隠れる場所はそこしかねぇ。 「早く!」 オレは怒鳴りつけながら、自分の後ろを振り向いた。そして――。 「三橋……?」 一瞬で、血の気が引いた。 「だい、じょぶ……」 三橋がにへっと笑う。左腕を右手で押さえ、床にうずくまっている。 窓のガラス片で切ったのか? 闇に囲まれた部屋の中、光る筋がどんどん溢れてるのが見える。ケガ、してる。 大丈夫、と笑えるんなら大丈夫なんだろう。命に別状はないんだろう。けど、とてもそんな風に、冷静には考えられなかった。 「許さねぇ」 腹の底から、唸るような低い声が出る。 「あ、べ君……」 三橋がオレに手を伸ばした。痛みのせいか、恐怖のせいか、声が震えてる。体も。 立てねぇらしく膝立ちになって、そんでも必死で手を伸ばし、三橋がオレの右手を掴んだ。 足にも怪我したか? ギョッとしたけど、診てやるような余裕はなかった。 三橋に掴まれた右手首が、今までにねぇ熱さでもって、じゅううっと光を巡らせた。 「あっ」 熱い、とは言えなかった。その熱さの正体に気付き、逆に心臓が凍るかと思った。血だ。 三橋の光る血が、血の付いた手が、凍った手首を溶かしてく。 三橋は関係ねーのに。ただ、オレを匿ってくれただけなのに! 怪我させた! オレのせいだ! いや……。 アイツのせいだ。 「マジ、許さねぇ」 封印なんて、生ぬるい真似してらんねぇ。調伏だ。影も形も残んねーようにしてやる。 右手首の痛みはひいていた。 べっとりつけられた三橋の血が、陰鬼の跡を覆ってる。 「ここにいろ」 オレは短く三橋に言い残し、玄関口から外に出た。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |