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小説 3
光巡る・7
 呼び鈴の音で目が覚めた。
 ピンポーン、ピンポーン……。
 甲高い電子音は聞き覚えのない音程で、そういやここに住んで1ヶ月、初めて聞いたかも知んねぇ。つか、呼び鈴があったコトも初めて知った。
 三橋の方も、呼び鈴の主に心当たりはなかったらしい。
「うえ、何だ、ろ?」
 少し動揺した声を上げながら、ふらふらと立ち上がって、壁に備え付けの受話器を取った。
 大学の近くにある、1人暮らし用の学生アパート。そこに夕方、わざわざ来るっつったら宅配便か、それとも速達か何かか?
 訪ねて来るようなトモダチはいねぇっつってたし、こんな時間に訪問販売も新聞の勧誘もねーだろう。

「……はい?」
 めいっぱい警戒したような声で、三橋が受話器越しに応答した。
 妙に胸騒ぎがして、オレもベッドから起き上がった。それでも三橋からは1mくらい離れてたから、会話が聞こえるハズもねぇ。
 なのに――。
『あの、この間手紙の件でお会いした、秋丸と申しますけど……』
 そんな男の声が、ハッキリとオレの耳に届いた。
 ああ秋丸か、とメガネの顔を思い出し、待てよ、と思う。
 引っかかったのは、なぜここを知ってるかってことじゃねぇ。なぜ直接来たか、だ。連絡手段なら他にもあるのに。

『新しい手紙をお持ちしたので、これをまたタカヤ君に渡して貰えませんか』

 って。有り得ねぇだろ。手紙ならわざわざ来なくても、オレがやったみてーに鶴でも何でも飛ばせばいい。
 つーかそもそも、榛名はオレのメアドを知ってる。直接来る必要はねーんだ!

 イヤな予感を肯定するように、凍った右手首がじわっと痛んだ。
 温かな三橋の空間を、暗黒の冷気が取り巻いてる。
 カーテンの開いた窓の外は、夕陽に朱く染まってる。まだ明るいけど、陰ってる。
「待て、開けんな!」
 オレは鋭く叫び、三橋を制した。
 けど、一歩遅かった。三橋はカタンと内鍵を外し、外開きのドアに手をかけて――。
「え? 何?」
 キョトンとした顔で、振り向いた。

 その隙を見計らったみてーに、ロックを外した結界のドアが、外側から引き開けられる。
「うおっ」
 三橋がギョッとしたように、またドアの方を見た。
 窓の外は明るいってのに、ドアの向こうは真っ暗だ。ただ、三橋にはそれが見えねぇらしい。
「あれ? さっきのメガネの人、は?」
 不思議そうに首をかしげて、玄関先でキョロキョロしてる。
『タカヤ君にこれを……』
 ビミョーにぶれた秋丸の声が、ドアの向こうから響いてくる。けど、それもきっと、光の耳には聞こえてもねーんだろう。

「秋、丸、さん?」
 三橋が戸惑ったように、榛名の眷属のメガネを呼ぶ。
 当たり前だけど返事はねぇ。
 ニセモノだ。探してもムダだ。そう思ったけど、口に出す余裕がなかった。
 陰鬼にぎゅっと握られたように、右手首が冷たくなり、肩から首、あごにまで痺れが伝わった。
「くっ……」
 左手で右手首を掴んでも、ちっとも熱くならねぇ。

『タカヤ君……』
 ぶれた声で呼ばれるたびに、手首の印が濃くなっていく。
 秋丸の声を借りた陰鬼が、オレに印をつけたアイツが、ドアのすぐ向こうにいる。オレの光のすぐ側に!

 オレは痛む右手を押さえながら、突っ立ったままの三橋に指示を出した。
「三橋……、おまじない、外に向かって……」
 目を閉じてもいねーのに、三橋の体の光が見える。闇が迫ってる。けど、それでも陰鬼が入って来ねーのは、そこに三橋がいるからだ。
「阿部君っ!?」
 三橋はオレを振り向いて、焦ったような声を上げた。
 オレの方とドアの方に、キョドキョドと視線を揺らして立ち竦む。

『そこにいるのはニオイで分かるぞ!』
 不快に響く声で陰鬼が言った。鳥肌が立ってんのは、恐怖じゃなくて寒ぃからだ。
「呪印を、早く……!」
 三橋はやっぱキョドってたけど、オレの指示にうなずいた。
「わ、かった」
 浮ついたような声で言って、ドアの方に向き直り、教えた通りの呪印を結ぶ。
 オレも床の上で左手を使って、動かねぇ右手に同じ印を結ばせていた。
 刀印。右手の人差し指と中指を揃えて伸ばし、親指で薬指の爪を押さえて輪を作る。左手で作った鞘からそれを引き抜けば、架空の刀が現れる。

 三橋は素人だ。
 体ん中に光を持ってるとはいえ、修行も何もしてねぇ。適正がどうとかより、呪力がねぇ。
 だから、三橋が見よう見まねで結ぶ印も、気休め程度の出来でしかねぇ。ただの「おまじない」にしか過ぎねぇ。
 それでも――左手の鞘から引き抜いた右手の印には、光の刀ができていた。

 ああ、キレイだ。
 そんな場合じゃねーけど、こんな時だから余計に思う。
 三橋はキレイだ。闇の影響を一切受けねぇ、オレの光。このキレイな光を守りてぇ。
 オレも苦労して結んだ印から、左手の鞘を外した。
 術の型としては崩れてっけど、効果はあると信じてる。ぼやっと光る呪文の刀に、三橋から貰った金の光が混じってる。

 三橋がぶつぶつと呪を唱えながら、右手の刀を滑るように動かす。
 するとキレイな金の軌跡を描いて、三橋の光る右手が、刀印が、金に輝く星形を作った。

(続く)

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