小説 3 光巡る・1 (80万打キリリク・逃亡者阿部・陰陽師パロ) キィッ、パタン。扉の音と共に、光が入って来た。 ヒト型をした光はゆっくりとこっちに近付き、オレの右手にそっと触れる。 触れられたところから温かい光がじわっと広がり、オレの冷たい腕を癒した。 「阿部君」 ヒト型の光がオレの名を呼ぶ。 オレは目を開いて――愛しい青年を左腕で抱き寄せた。 「お帰り、三橋」 囁いて、ちゅっと口接ける。 薄い唇の隙間から舌を捻じ込み、貪ると、そこから光がオレの中に入ってくる。 スゲー温かい。 眠ってた細胞の1個1個が、光に照らされて起きてく感じ。癒される。 けど、それでもオレの右腕は、手首の辺り10cm程が黒く凍ったままだった。 これは、陰鬼に掴まれた痕だ。 20歳で陰陽師として独立して以来、初めてでくわす大物だった。 大体の鬼ってのは膝丈くらいしかなかったり、薄かったりすんのに、ヤツはヒトの背丈と同じくらいあって、真っ黒だった。 やべーな、と思った直感通り、封印すんのに力が足りず、半分やったところで逃げられた。 そのまま闇の世界に大人しく逃げ込んでくれれば済むんだけど、そういう訳にいかねーのは分かってる。 オレを殺さねーと、封印した半分を取り戻せねーからだ。 多分、そのための目印を付けられたんだろう。逃げる瞬間、ヤツに掴まれた右腕は、陰気のせいで凍っちまった。 利き腕を凍らされて印も結べず、鬼に命を狙われて絶体絶命の所を、救ってくれたのがこの三橋だ。 陽気を求めてできるだけ人の多い駅前に行き、力尽きてベンチでうめいてたオレに、「大丈夫ですか」って言ってくれた。 そっと肩に触れられた瞬間、カッと闇に明かりが灯ったような気がした。 「助けてくれ」とか言ったような気もするけど、覚えてねぇ。ただ、縋って甘えて、1人暮らしのコイツんちに転がり込んで――もう1ヶ月になる。 お蔭で右腕はだいぶ楽になったけど、でもまだ冷たいままだし。当分外には出られそうになかった。 狭いキッチンからいい匂いが漂って来て、オレはむくりとベッドから身を起こした。 ぐー、っと腹が鳴る。 1日寝てるだけでも、腹は減るみてーだ。けどそれも、三橋が作ってくれるからなのかも知んねぇ。 「いー匂いだな」 声を掛けながら、のそりと立ち上がって玄関横のミニキッチンに向かう。 つっても、狭いワンルームだから数歩だけど。 後ろに立って左手を腰に回すと、「うおっ」と三橋が色気のねぇ声を上げた。 フライパンを覗き込むと、中に入ってんのはキャベツともやしのやたら目立つ野菜炒めだ。 居候の分際だから言わねーけど、もっと肉食いてーな、とちょっと思う。やっぱ2人分の食費はキツイよな。 食費くらい出してやりてーとは思うものの、現金は一切受け取ってくんねーし。かといって、食材買いに外に出る訳にもいかねぇ。 オレは狙われてて。 鬼の目印を右手に付けられ、そのせいで満足に印も結べねぇオレは、例え真昼でも、この部屋から出ることはできなかった。 「阿部君、お皿取って」 三橋に言われて、シンクの上に作り付けられた小さな棚から大皿を出す。 フライパンの中身を不器用そうに盛るのを見ながら、ふがいなくてため息をつく。 「フライパンくらい持てりゃ、もうちょっと手伝えんのにな」 そう言うと、三橋は「いい、よっ」と言ってふひっと笑った。 「お、オレ、阿部君がいてくれるだけで、いい」 そんな何気ないセリフに、じわっと胸が痛む。ずっと一緒にいてやりてぇ。 ローテーブルに皿を置いたのを確認してから、ぎゅっと後ろから抱き締めると、三橋はまた色気のねぇ声で「うおっ」と振り向いて、笑った。 三橋は19歳の大学生だ。 大学の近所にワンルームを借りて、春から独り暮らしをしてるらしい。 人見知りでドモリ癖もあって、だから友達も恋人もできなくて、毎日寂しく暮らしてたんだそうだ。 けどそれは多分、こいつが眩しいせいだと思う。 陰陽師じゃねぇ普通のニンゲンには分かんねーんだろうな、三橋が光のカタマリだって。 だから多分、本能的に目を背けるだけになっちまうんだ。触れたらこんなに温かいのに。 「三橋……」 顔を寄せると、三橋が応じるように目を閉じる。 一瞬で顔が赤くなんのが可愛い。 キスして舌を絡めると、そんだけで光がオレん中に流れ込んでくる。温かい。 まだうまく動かねぇ右腕を、三橋の背中に回してやると――冷たさだけは分かるという三橋が、キスをほどいて「うひゃっ」と言った。 やっぱ、色気ねぇ。 ははっと笑える。 「も、もう……っ」 赤い顔で唇をとがらせた三橋が、お返しとばかりにオレの凍った腕を掴んだ。 じゅうっと音を立てて、触れられた場所に光が巡る。 たまらず目を閉じると、目の前にいんのはやっぱ光で。 その光がゆっくりオレに顔を寄せてくんのを、オレはニヤニヤしながら目を閉じたまま受け止めた。 (続く) [次へ#] [戻る] |