小説 3 騙されたい・2 (女装注意) 純白のウェディングドレスという格好のまま、オレの住む6畳1Kにやって来た女は、三橋廉と名乗った。 遠慮深い性格なのか、「上がれよ」つってもなかなか中に入ろうとはしねぇ。 まあ考えて見りゃ、さっき会ったばかりの独身男の部屋に、ズカズカ上り込むのも問題か。 「遠慮すんなって」 オレはため息をついて、クローゼットからTシャツと古いジーンズを出した。 それを三橋の手に持たせ、背中を押して部屋の中に入れてやる。 「じゃ、オレは出といてやっから。着替えたら呼んで」 そう言って、紳士らしく部屋の外で待とうとしたが――。 「あ、あ、あの……」 1分もしねー内に戸が開いて、三橋がおずおずと顔を見せた。 「ど、ドレス、1人じゃ脱げま、せん」 って。マジか。 上目使いに言われて、ドキッとする。 「ちっ、仕方ねーな」 舌打ちでドキドキを誤魔化して、仕方なく部屋の中に戻る。 三橋はオレに背を向けて、後ろのホックを一生懸命外そうともがいてた。 「どれ?」 上から覗き込むと、確かに厳重そうなホックが5つくらい並んでる。 これ、オレ、手伝ってやってもいーんだよな? 内心ちょっと戸惑いながら、生唾を呑み込む。 「着る時はどうやったんだよ?」 ホックを外しながら訊くと、「お、オーナーが」と言われた。 オーナーっつーのは、さっきのアゴヒゲ野郎のことか? 聞くと、今朝「これ来て見て」とドレスを差し出され、訳も分からず着せられたんだそうだ。 「お、オレ、仮装でもするのかと、思って」 と言うからには、ホントに結婚式はサプライズだったらしい。 ヤツの自業自得か。 でも……付き合ってたんじゃねーのかな? 「いや、でも、そこは普通……」 女なら。 ウェディングドレス着せられ、相手もタキシード着てんの見てたなら。普通、仮装がどうとかは思わねーんじゃねぇ? 鈍感なのか? まあ、他人の恋路なんかどうでもいーけど。 やたらとキッチリしたホックを外すと、キレ―な白い背中が見えた。ついでにファスナーもそっと下げてやると、ますます背中が露わになる。 シミ1つなさそうな白い肌。ムダ肉のねぇ、張りのある背中だ――けど、あれ? ブラ、してなくね? ブラがいらねーくらいの超微乳、か? そんなことを思って固まってるオレの目の前で。三橋は「はふー」と息を吐いて、ドレスの袖を抜いた。 「お、おいっ」 焦った。 だって、いくら何でも無防備過ぎんだろ? ブラもしてねーのに。男の前で、2人きりで、上半身裸とか……。 オレの動揺をよそに、ウェディングドレスが膨らんだ形のまま、ストンと床に落ちた。 脱皮するかのように、ドレスの中から白くて真っ直ぐな三橋の背中が現れる。 「お、重かった」 そんなことを呟きながら、ドレスの殻から抜け出す彼女は、グレーのボクサーパンツ1枚で――。 胸も隠さず、恥じらいなく、くるっとオレの方を振り向いた。 目を背ける余裕もなかった。 ドキッとして、直後、目を疑う。 「え、お前……!?」 男? あれ? ブラ? 目の前の裸身は、目に悪いくらい白い。そして筋肉質で細身で、胸がない。 そういやこいつ、自分のこと「オレ」って呼んでたっけ? でも、えーと、教会から逃げてきた花嫁、だよな? ホモ? オレが呆然と見つめる中、三橋はキョドキョドと視線を揺らしながら、脇に置いたTシャツとジーンズを手に取った。 「お、借りしま、す」 ぼそっと言われて、ハッと我に返る。 「お前、男か?」 思わず大声で尋ねると、三橋はビクッと身を縮めて「ご、ごめんなさい」と謝った。 いや別に謝って貰わなくてもいーけど、どうやらホントに男らしい。 「お前、それ、さっきのヒゲ男は知ってんの?」 オレの問いに、キョトンとしながらうなずく三橋。 マジか。 でも、ウェディングドレスの着付けを手伝ったっていうなら、男って知ってるってことだよな。 つーか、アイツもこの裸を見たってことで――それを考えるとモヤッとする。 三橋はオレの方をちらちら見ながら、もそもそとTシャツを着てるけど、ボクサーから伸びる足が白くてスゲー目の毒だ。 先にジーンズはけよな、と思う。 同時に、そのムダ毛の1本もなさそうな足は、男としておかしいだろ、とも思う。 「あいつと付き合ってた、のか?」 男同士で? と、そう訊くと、三橋はまたキョトンと首をかしげ、「付き、合う?」とオウム返しに言った。 「お、オーナーは、オレが住込みの家政夫やってた家の、オーナー、だよ」 ってことは雇用関係? 付き合ってなかったのか? いや、そりゃ男同士だし。でも、結婚式しようとしたんだろ? ぐるぐる考え込みそうになったオレに、三橋は。 「あ、アパート追い出されたオレ、に、『一緒に暮らそう』って、言ってくれ、た」 そう言って、情けなさそうに眉を下げた。 それは、お前、プロポーズだろ? 付き合ってなかったって、アリなのか? 呆然とするオレの前で、三橋は。 「あ、あの、阿部、君……」 教えたばかりのオレの名を、上目使いで呼んだ。 そして、深々と礼をした。 「服、ありがとう、ございました」 オレの貸した服は、細身のコイツには大き過ぎたみてーで……。 頭を下げる背中も腰も、ボクサーのゴムの柄も、何もかもが丸見えで、エロかった。 (続く) [*前へ][次へ#] [戻る] |