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小説 3
白鬼の復活・3
 結局、午後からの会議は中止になった。
 王のせいで王妃がくたくたになってしまったから――という、平和な理由では勿論ない。
 南の国境を守る警備軍から、早馬による報告が来たからだ。
「申し上げます! 大至急陛下にお目通りを!」
 そう言って城に入って来た使者のせいで、城内は一気に騒然となった。

 その時王は王妃を伴い、丁度会議室に向かっているところだった。南の国境警備隊からの知らせだと聞き、急いで謁見の間に出向く。
 大小の玉座に2人が座る頃、会議室にいただろう面々も駆けつけてきた。
「何があった?」
 王が張りのある声で尋ねた。
 早馬の使者は「はっ」と短く応じ、ひどく真剣な顔で言った。
「国境付近に、南国が陣を取り始めております」

 陣を取る、それはつまり、戦争に備えて兵を集め始めているという事。
「規模は?」
「1個中隊、およそ100人程と思われます」
 使者の言葉に、重臣達がざわめいた。
「確かか?」
 王は鋭く訊き、使者がうなずくのを見て顔をしかめた。
 国境付近に配備しているこちらの軍は、1個小隊、30人程度だ。
 まさか、開戦予告もなしに攻撃が始まるハズもないが、今攻め込まれたら確実に落とされる。
 いや……「落とすこともできますよ」という脅しか、或いは挑発か。

「足元を見て来ましたな」
 大臣の1人が王に言った。
 外交は腹の探り合いであり、戦争は交渉の手段でもある。
 戦争を仕掛けると見せかけ、こちらが下手に出るのを待つつもりだろうか? そうして下手に出たところで、多くの支援をもぎ取ろうと?
『弱みを見せてはダメだ』
 まさに王妃の言った通りの状態だ。では、こちらが戦いたがっていないことも、向こうには気付かれているのだろうか。

 すぐに同程度の中隊を現地に送り、睨み合いをした方がいいのか。
 向こうの出方を待つべきか。
 それとも――?

 謁見の間には緊張が漂っていた。
 視線と思惑が交差する中、皆の視線が王の方へと向けられる。
 王はしばらく瞠目し、そしてふふっと不敵に笑った。
 皆の視線を浴びながら、玉座からサッと立ち上がる。

「出陣だ!」

 大声で言うと、大臣たちはギョッと顔を見合わせたが――それよりも早く、王の隣でレンがこぶしを振り上げた。
「おおーっ!!」
 少し高めの大声が響く。
 それに呼応するように、その場にいた兵士も将軍も、一斉に同じくこぶしを振り上げて大声で叫んだ。
「おおおーっ!!」

 笑みがこぼれる。
 弱気はダメだ、と、そう言った王妃の顔に敗戦の不安など何もない。
 王はマントをひるがえし、大股で謁見の間を後にした。
 勿論王妃もついて来る。
「これより軍議に入る!」
 後に続いた将軍たちが、「はっ!」と大声で即答した。

 顔を見なくとも、彼らが笑っているのだろうと分かる。明るい声だ。
 理由も分かっている。レンだ。
 真っ先にこぶしを振り上げ、誰よりも早く鬨の声を上げた彼の行動は、王にとっても予想以上だった。
 さすが煽るのがうまい。しかも、一瞬で大臣たちを黙らせた。
 ミホシでも、いつもそうだったのだろうか?
 伯父である王を助け、王子として、筆頭将軍として、いつも全軍をそうやって鼓舞して来たのだろうか?

 先程鎮めたばかりの昂ぶりが、再び王を支配していた。
 けれど、王妃はと思って振り向くと、意外にも冷静なようだ。
 単純な興奮状態には無い。ただ、闘気に満ちていた。
 かつて見た、戦場での彼もそうだった――と、王はまた思い出した。

 物憂げに眉を下げ、唇を引き結び、剣を腰に差してまっすぐに立っていた白鬼将軍。
 興奮するでもなく、また臆するでもなく……ただ、自然体で対岸にいた。

 その彼が、今はこちら側にいる。
 王・アベ=タカヤの隣に。決して裏切らぬ伴侶として。
 それはなんと心強い事だろう。

「お前に剣を用意しねーとな」

 会議室のイスに座りながら、王は妃にそう言った。
 妃は――いや、白鬼将軍・ミハシ=レンは、冷静に力強くうなずいて、そして皆に聞こえるようきっぱりと言った。

「オレが出る」

 勿論、誰も反対はしなかった。

 戦争は一種の駆け引きだ。戦うか否かは、その駆け引きの果てにある結果に過ぎない。
 白鬼将軍の名が南国にどこまで通用するかは分からないが――わざと正体を隠し、侮らせておいた方がいい。
「こんな急で強引な手段をとって来るって事は、逆に言や、よっぽど切羽詰まってるって事だ」
 王は全員の顔を見回し、出撃の意図を説明した。
「余力がねぇのは向こうも同じ。出撃して、陣を張ったら、まずは探り合いになるだろう。だから……」

 そうして語られた彼の計画に、不満を見せたのは王妃だけだった。

(続く)

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