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小説 3
ギャップV・4
 次にレンからメールが来たのは、5日後だった。
 オレはちょうどバイトも無く、1人暮らしのアパートで、来週提出のレポートを書いてた。
 割と集中してたつもりだったけど、脇に置いたケータイが鳴った時は、さすがにビックリした。

 ドキドキしながら、メールを開ける。 
――パリだよ!――
 短い本文に、自分撮りのシャメが添付されてる。
 上が見切れたエッフェル塔らしきモノを背景に、楽しいことでもあったのか、蕩けるような甘い目つきで写ってた。
 今度は厚手のコートをしっかり着て、グレーがかった紺のマフラーを巻いてる。
 マフラーに口元が埋もれてて、でもその隙間からふわっと白い息が漏れてて、なんつーかやっぱエロい。

 ミラノからもう移動したのか。
 本文はたったそんだけで、後には何も書いてねぇ。
 住所の話はどうなった? まあ、帰国してから訊きゃいーけど。
 次に会えんのはいつになんのかな?
 ……パリとの時差は何時間だっけ? ミラノと一緒くらいか?
 ちょっと気になったけど、でもレンの写真をもっと眺めていたくて、時差調べんのは後にする。

 充実してんのかな? 生き生きとした笑顔。モデルだからか? それとも、やっぱ楽しいから?
 オレだって、楽しいことや笑うことが何もねーって訳じゃねーけど。
「レン……」
 ケータイ画面越しに、白い頬をそっと撫でる。
 アイツはオレの特別だけど、オレはアイツの何だろう?
 周りにいるハイスペックなモデル連中と比べて、オレは、どんな風に見えてんだろう?

 メールをうっかり消さねぇようにロックして、再びケータイを脇に置く。けどシャーペンを握っても、分厚い専門書をめくっても、一度途切れた集中はなかなか戻ってくれなかった。

 住所を訊かれた理由が分かったのは、その次の日だ。
 バイトから帰ると、郵便受けに分厚い封筒が入ってた。
 一目で国際便だって分かる、見た事のねぇ仕様。カラフルな模様の封筒に、日本語でオレの住所が書いてある。
 Japan、の文字だけが大きくて、下線が引かれてて。達筆じゃなかった。気弱そうな、小さめの優しい文字だった。
 差出人は、三橋廉。住所も日本語で書いてある。

 廉って……え、レン?
 それに気付くのに、数秒かかった。
 住所は東京だ。当たり前だけど、バイト先の住所に近い。マンションの3201号室って、もしかして32階? タワーマンションだろうか?
 オレの住んでる学生アパートは、安普請の3階建て。見える景色もきっと違う。
 ミラノから――国際便って、英語で書かなくても届くんだな、と。そんなことも初めて知った。

 分厚い封筒の中には、紙質の粗い雑誌みたいな、新聞みたいなモノが入ってた。
 写真ばっかで、文字が少ねぇ。その文字も英語じゃなくて……何て書いてんのかは分からねぇ。まあ、英語で書いてたって、正しく読めるかは自信ねーけど。
 トップには大文字で「Milano Moda Uomo」って書かれてて、ミラノの記事だってのは辛うじて分かった。

 イタリア語って、ローマ字読みするんだっけ? じゃあ、「ミラノ・モーダ・ウォーモ」か……? とか、そんなコトを考えながら写真を眺める。
 メンズモデルばっかが並んだ写真。
 会場が違うのか日程が違うのか、歩いてる場所や背景が、どの写真もビミョーに違う。
 どのモデルも姿勢が良くて、顔が小さくてスタイルがイイ。
 スタイリッシュな服もあれば、ちょっと奇抜なデザインのもある。いや、服のコトなんかワカンネーけど。

 注意深く写真を覗き込みながら、ぺらっとページを1枚めくる。そしたら、そのすぐ左上に目的の人物が写ってた。
 レンだ。
 キリッと引き締まった顔をして、真っ直ぐにこっちを――カメラを見てる。
 ダークスーツ。変わった形の襟の中に、くっきりとした色のスカーフを巻いてて、それが甘い顔立ちを大人っぽく見せていた。

 レンの写真は3枚。3枚の為に、海を越えて行ったんだろうか?
 これが多いのか少ねーのか、オレにはよくワカンネー。
 これらの写真のホントの価値も、多分分かってねーんだろう。

 わざわざ送ってくれたことを喜ぶべきなんだろうに、気分が重い。
 いつもよりレンが遠く感じる。
 胸の奥がモヤモヤする。

 封筒を捨てる前に住所を控えねーと……そう思うのに、何でか気が進まねーで。オレはペーパーを、そのまま元の封筒に入れようとした。
 と、そしたら奥で、カサッと紙の音がする。
「あー?」
 入れかけたペーパーをもっかい抜いて、封筒を覗くと、中には小さな白いメモ。
 ホテルの備品かなんかだろうか? ブルーのロゴの入ったメモ用紙に、封筒のと同じ小さ目の日本語でメッセージが書かれてた。

――阿部君へ。来週、一度帰国します――

 って。
 そんなこと、メールで送れよな。

 喜んでイイのかどうなんか、もう自分でもワカンネー。
「来週っていつだよ?」
 呟いたって返事はねぇ。当たり前だ。アイツはパリだし。
 気分が上がったり下がったり。全く、振り回されてると思う。
 どうすりゃいいんだ? 期待していーのか? オレ達、付き合ってるんだよな?

 モヤモヤがひどくなる。いっそ叫びながら走りてー気分。
 落ち着かねぇ。
 座ってらんねぇ。

 ソワソワすんのは、虫の知らせか何かだったか。
 ピンポン、と呼び鈴が鳴ったのは、それから間もなくのコトだった。

(続く)

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あきゅろす。
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