小説 3
ギャップV・3
バイト中、棚の向こうに、デザートコーナーをうろつく誰かの頭が見えた時、ドキッとして訳もなく動揺した。
茶色い猫毛じゃねぇっつーのは見てすぐに分かったのに、無意識に期待してしまう。
我ながら、ちょっと引くくらい重症だ。
――あんな夢を見たからか。
脳裏に、ピンクに染まったアイツの裸がよみがえり、慌ててぶんぶんと首を振る。
バイト中だっつーのに、思い出したらマジヤベェ。
この年で夢精とかだけでも十分恥ずかしーっつーのに、コンビニのカウンターの中で勃たせるなんざ、マジ有り得ねーし。どこの中坊かって感じだ。
当分、アイツの写真とか見ねーようにした方がいーんかな?
誰にも気付かれねーよう、そっとため息をついて店内を見る。
店長は裏に入ってて、カウンターにはオレ1人だ。
デザートコーナーにはまだ客がいるようで、黒々とした頭が見えていた。
レンがオレのバイトするコンビニに現れんのは、大体いつも不定期だった。
会えたり会えなかったりするけど、アイツの仕事上仕方ねぇし。ある意味サプライズでもあったから、オレは別にイヤじゃねぇ。
メアド交換して以来、オレのシフトを教えてあるから、擦れ違いは減ってるハズだし。
それに、今日は何買うのかなって、そういうの見んのも楽しかった。
「いらっしゃいませ」
スイーツコーナーから出て来た客は、買い物カゴにドサッとスイーツを入れて来た。
2000円コースだな。そんなコトを考えながら、「ありがとうございます」とカゴを受け取る。
当たり前だけど、レンじゃねぇ。
ピッ、ピッ、とレジにバーコードを通しながらそっと客を眺めると、成程納得な体型だ。スイーツは仕事帰りに1個だけ、と固く守ってるレンとは違う。
――アイツは極上品だ。
誇らしいと同時に、でもこうやって好きなものを好きなだけ食える一般人のコト、羨ましいんじゃねーかなとも思う。
「1890円になります」
そう言って、商品を大きめのレジ袋に詰めていくと、目の前の客は黙って2千円をカウンターに置いた。
会計を済ませ、つり銭を渡しても、その客は黙ったまま。
「ありがとうございましたー」
声を上げながら、出口に向かう客の背中をちらっと見る。
歩き方も何もかも、やっぱレンとは違ってて。なんか余計に、生身のレンに会いたくなった。
オレのその願望が届いたんだろうか、休憩時間にケータイをチェックすると、アイツからメールが届いてた。
数日ぶりのメールに、じわっと頬が緩む。
遊びで海外行ってんじゃねーんだし、忙しいんだろうから、連絡が減んのは仕方ねぇ。オレからも、やっぱ遠慮しちまうし。
けどこの間、ロンドンの街並みをシャメってくれて、それが何か嬉しかった。
――ロンドンだよ――
って。当たり前だっつの。
まんま風景写真だったから、「お前の顔も写してくれよ」って返信しといてやったけど……今度のはどうだろう?
はやる心を抑えながら、本文より先に添付ファイルをチェックする。
するとそこには、キレーな街を背景にして、上目使いになってるレンのアップが写ってた。
「あっ……」
やべぇ、スゲーエロい。
長いまつ毛の下のでかい目が、うるんで光ってて妙にエロい。半開きの唇がエロい。
服もエロい。
ミラノって、そんな南国じゃねーハズなのに、ボタン外したモッズコートからVネックのニットが丸見えだ。
鎖骨とか首筋とか真冬にさらして、寒くねーの?
マフラーしろ、とでも返信してやるか。そんなコトを考えながら、改めてメールの本文を見る。
――ミラノだよ! ――
冒頭の言葉に、「分かってんよ」と笑いながら、その先を読むと……。
――阿部君の住所、教えて――
メールには、そう書かれて終わってた。
「なんで?」
呟いてたって、返事は来ねぇ。
オレはそのまま「なんでだよ?」と打ち込んで、ちょっと迷ったけど、自分の住所も下に加えた。
――お前のも教えて――
そう書き加えんのも忘れずに。
時刻は9時ちょっと過ぎ。向こうは昼の1時だ。
今、何やってんのかな? メシ食ってんのかな? やっぱイタメシ?
イタメシっつったら……ピザとかパスタか? いや炭水化物系より、やっぱ魚介類でも食ってんのか?
そんで、リハの後には、ご褒美にって向こうのスイーツでも食うのかな?
休憩時間が終わった後も、オレはしばらくミラノのコトを考えた。
「あれ? 阿部くん、いいコトあった?」
カウンターに入って来た店長に、いきなり顔を覗き込まれ、慌ててパッと口元を覆う。
ヤベェ、そんなニヤケてたか?
幸いにもそれ以上は突っ込まれなかったけど、ニヤッとは笑われた。
「阿部君が機嫌いいと、店の空気が華やかになるねぇ」
って。そりゃどういう意味かっつの。
でもやっぱ、食って掛かろうって気にもなんねぇ。ムカつかねぇし、気分いい。
メール1つで、こんなに気分が上下するとか、半年前まで考えらんなかった。
自然に浮いて来る笑いを鎮めようと、真面目な顔して息を吐く。
やっぱりアイツが好きだった。
(続く)
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