小説 3
続・禁断の関係・3 (にょた)
軽快なテーマソングがエンドレスで流れる店内。
日用品や食料品が高く積み上がった棚々を尻目に、彼に連れられて2階へと上がる。
今、下から覗かれたら……! そう思うと恥ずかしくて怖くて、階段を上がり切るまで気が気じゃなかった。
何度も何度も後ろを振り向き、下に人がいないか確認した。
いつもの丈のミニスカートが、いつもより短く感じて落ち着かない。
前を押さえたり後ろを押さえたり、いつもより挙動不審になってるって自分でも思う。なのにその元凶である彼は、私のキョドりっぷりをニヤニヤしながら眺めてた。
「普通にしてねーと、余計目立つぞ」
こそっと囁かれて、ビクッとする。
確かにそうだ。でも、気になって真っ直ぐ歩ける気がしない。
布1枚のことなのに、あるのとないのとでは大違いだ。
「興奮する?」
そんなコトを囁きながら、スカートの上からお尻を乱暴に撫でたりするの、ホントに意地悪だと思う。
興奮なんて……ただ、恥ずかしいだけだ。
大好きなのに、意地悪されるたび胸の奥が寒くなる。なんでこんなコトさせるんだろう?
普通にデートして、普通に腕を組んだり、手をつないだりして貰う方が嬉しいのに。
まるで、試されてるみたい。
どこまでできるのか。いつ「もうヤダ」って音を上げるのか。どのくらい私が……彼のコトを好きなのか。
イヤだとハッキリ言えないまま、連れて行かれたのは店の2階の奥だった。
彼がピタッと立ち止まったので、私もそのすぐ側で止まる。そしたらちょうど足元に、卵形の何かが籐カゴに山盛りになっていた。
大きなチョコエッグみたいな感じ。白いフィルムに包まれてて、ピンクとか黄緑とか……色んな色の、小さなマークがついている。
流行りのオモチャか何かだろうか?
スカートに気を付けながらちょっとかがんで、カゴから1つ手に取ると……すぐ向こうで彼が言った。
「買ってもいーけど、そんなもんどうすんだよ?」
そんなもん? これ?
彼のセリフも、ニヤニヤ笑いの意味もよく分からなくて、きょとんと立ち尽くす。
その目の前に、彼が2つの箱を突き出した。
「お前にいんのはコッチだろ? どっち欲しい?」
どっち欲しい、と言われて何気なく目をやり、ギョッとした。
彼が持ってるのは、黒とピンクの2つの紙箱。オモチャのように上半分が透明になってて、その中には……黒とピンクの、グロテスクなモノが入っていた。
ボンッと音を立てて、顔が一気に熱くなる。
彼の背後には他にも男性客がいて、ちらちら見られてて居たたまれない。
ギクシャクと顔を背ければ、次に目に入ったのは、整然と並べられた避妊具の箱。
色とりどりのローション。
丸い球がいっぱい連なった何かの器具。
裸の女性の絵が描かれた、何かのパッケージ。
アダルト……コーナーだ……。
自分が今どこに立ってるのかようやく悟って、私は1歩後ずさった。
彼はおかしそうに笑いながら、私の様子を眺めてる。その手にはまだ、えっちなオモチャの箱が掴まれたままだ。
じゃあ、じゃあコレも、大人向けの?
私が、手に持った卵型の商品に目を落とした時――。
「あれ、三橋?」
後ろから声をかけられた。
ギョッとしてビクンとして、手に持ってたタマゴをパッと後ろに隠す。
振り向くと、そこに立ってるのは知ってる顔の同級生。同じ高校の……私がマネジをやってる野球部の、部員の1人だった。
「泉、君……」
名前を呼ぶと、ニコッと笑って近寄って来る。今は秘密の恋人と一緒で、デート中で、私はノーパンなのに。
すぐ側で彼が、大人のオモチャを手に持って私に選ばせようとしてるのに。
「それ、オモチャじゃねーぞ。女子がんなモン触ってんなよ」
泉君はそう言って、私の手から白い卵を取り上げた。そしてそれをカゴに放り込みながら、私の背を押して歩かせる。
と言っても、移動したのは数歩だけ。けど、それだけで、普通のホビーコーナーの前になった。
アダルトコーナーから、さり気なく誘導してくれたみたい。泉君はいい人、だ。
……彼とは違う。
「い、ずみ君、はどうしてここ、に?」
ここは、家からも学校からも随分遠い。それに、同じ系列の店なら、もっと近くにあるハズだ。
だから、まさか顔見知りに会うなんて思ってもなかったのに。
「オレは、アニキがここでバイトしてるからだよ」
泉君はそう答えながら、笑みの消えた顔で私の背後をじっと見てる。アダルトコーナーの方を。
……隆也さんの方を。
「三橋こそ、なんでここに?」
そう訊かれたら、なんて答えればいいのかな? カレシとデート? それとも、叔父さんと買い物?
「誰かと一緒?」
……答えられない。
でも、早く答えないと、ますます変に思われる、かも?
顔が熱い。でも。
助けを求めて振り向くと――そこに彼はいなかった。
「お、兄ちゃん?」
慌てて小走りにアダルトコーナーの前に戻る。棚の奥や陰を覗いても、他のお客だけ。彼はいない。
ゾッとした。
鳥肌が立つ。
まさか、置いて行かれた? 家から離れた見知らぬ場所で? 財布も無いのに? ノーパンなのに?
「お兄ちゃん?」
返事は無い。
「お兄ちゃん、どこっ!?」
大声で叫ぶ私の肩に、泉君の手が触れる。
「どうした? お兄さん、いねーの?」
心配そうな声だ。私を気遣ってくれてるの分かる。泉君は優しい。彼よりも優しい。
だけど――やっぱり優しい泉君より、イジワルな彼が好きだった。
(続く)
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