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小説 3
阿部君のプロポーズ・後編
「訊きてーコトあんだけど」
 阿部君が、オレをじっと見据えながら言った。
 オレはその視線を受け止めきれず、目を逸らして「何?」と訊いた。声が震えてるの、隠しようがなくて悔しい。
 めまいがする。
 まだお酒が残ってるみたい。ホントは、真っ直ぐ立ってるのも辛い。

 訊きたいことって何だろう? まるで見当もつかなくて、落ち着かなくてそわそわする。
 阿部君とこんな風に向かい合って、次の言葉を待ちながら緊張するなんて、高校生の時以来かも。じわっと胸が痛い。
 シャツの胸元をギュッと握ると、阿部君がふっと口元を緩めた。
「まだ酔い醒めてねーんだろ? どっか座れよ」
 ぐいっと押されて部屋に戻され、信じられなくてガクンとヒザが崩れる。
「おい」
 とっさに阿部君が支えてくれたけど……その優しさが余計にグサッと来た。

 昔の、付き合い始めの頃の、優しかった阿部君に戻ったんだね。
 オレと別れたから戻ったのかな?
 今の恋人に、優しくしてあげてるからかな?
 阿部君を「優しくない」って詰ったこともあったけど、もしかしたらオレが、阿部君から優しさを奪ってたのかも知れない。
 おこぼれの優しさに泣きそうになってる自分が惨めで、胸が痛い。

 この部屋が悪いんだと思う。だって、何も変わってないから。
 オレ達の関係も、何も変わってないみたいに錯覚しちゃうんだ。阿部君の気持ちも。愛も。

 オレは阿部君の手からやんわりと逃れて、ぐいっと目元をぬぐった。
 まだ泣いてんのかって、もう呆れられたくなかった。
 これ以上一緒にいたら、未練たらたらなのがバレちゃうかも知れない。
 1年経って吹っ切れたって思ったのは幻想で、実際に顔を見てしまうと、やっぱり泣きたいくらい好きで。でも、そんなオレの心なんか、阿部君には知られたくない、から。
「き、訊きたいコト、何?」
 オレは下を向いたままで尋ねた。早く会話を終わらせたかった。でも――。

「お前さ、オレのコトまだ好きだろう?」

 優しい声で阿部君が言ったのは、そんな残酷な問いかけだった。

 途端に思い出したのは、高校の時の事だ。
 オレ達はお互いに両想いだと知ってた。知ってたけど、オレは半信半疑だった。だから何も言うつもりはなった。
 なのに、阿部君に追い詰められたんだ。
『お前、オレのコト好きなんだろ?』
 否定できなかった。追い詰められて、認めさせられて、言わされた。「好きです」って。
 その時はそれでよかったけど。でも、今は違う。

 オレは首を振った。
 涙が溢れて止まらない。
「や、だ……」
 またオレに言わせるつもりなの? もう遅いのに? 今度は両想いじゃないのに? 何で?
「まだ好きだろ?」
 優しい声でそんな風に訊くの?

「違……」
「違わねーだろ。違うならなんで泣くんだよ?」
 阿部君の語気が強くなる。苛立った時の癖だ。でも、怒ってる訳じゃないって分かる。
 怒ってる訳じゃない。けど――。
「ここに帰って来てーだろ?」
 見透かしたように言われて、胸の奥がモヤモヤする。

 まだ好きだってオレに言わせて、そんで阿部君はどうするの?
 オレのモノにならないくせに。
 オレを追い詰めてどうするの? 笑うの?

「好き……じゃない……よ」
 オレは震える声で、そう言った。ウソだって多分バレてると思うけど、でも、ズルイ罠にかかりたくなかった。
 期待させないで欲しかった。
 顔を両手で覆いながら、昨日の冷たいおしぼりを思い出す。
「もう、好きじゃ、ない」
 栄口君に言ったのとは反対の言葉を、オレは阿部君に投げ付けた。

 と、阿部君が1つため息をついた。
「オレは好きだぜ?」

 一瞬、理解できなかった。
「オレはまだ、お前のコト好きだ」
 重ねて言われるセリフが、頭の中を空回りする。
「近い内に、プロポーズするつもりだった」
 居酒屋で聞かされたセリフを、面と向かって告げられる。ゆっくりと鳥肌が立った。
 え? どういうこと?
 プロポーズの相手って……オレのコト? 指輪を持って、迎えに行くつもりだったって。
「そうでもしねーと、お前、戻って来ねーだろ」
 って。

「離れた事は後悔してねぇ。あん時はオレもお前も限界だった。それに、離れてみて分かったんだ。お前がどんだけ大事かって」
 オレが思ってたのと同じ事を、阿部君はサラッと口にして笑った。

『大丈夫だよ』
 栄口君の穏やかな声が、ふいに脳裏によみがえった。
 目元を冷やすおしぼりはもう無いのに、涙が溢れて止まらない。
 オレのコトも阿部君のコトも、決して否定しなかった笑顔を思い出す。そしたら、胸に溜まってたモヤモヤが、すーっと薄れて消えていった。
 彼と同じ穏やかな気分で阿部君の顔を見上げれば、先入観も何もなく、言葉通りに信じられる気がした。

「オレのコト、まだ好きだろ?」
 阿部君に訊かれて、ふひっと笑う。
「勝手に誤解して泣くなよな」
 優しく頭を撫でられる。
「栄口と何話したんだよ?」
 耳元で囁かれると、くすぐったくて胸が痛い。好きで。まだ好きで。

「オレと結婚してーだろ?」
 そんなズルイ質問に、オレは泣きながら笑みを浮かべた。

  (終)

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