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小説 3
ありがちな罠・1 (にょた・50万打アンケ3位)
※三橋が女の子です。苦手な方はご注意下さい。




「プール行かねぇ?」

 オレが三橋にそう言ったのは、夏休みの教室だった。
 自主学習用に開放された、いくつかの教室の1つだ。家にいると弟妹がうるさいって連中なんかは、よく使っているらしい。
 一人っ子で、広い部屋を持つ三橋には、そういう感覚はワカンネーだろうけど……勉強教える名目で呼び出して、こうして机を並べてる。
 正式に付き合ってるって訳でもねーのに、勉強の為とはいえ、互いの家に行くってのはなんか、変な気がしたし。
 それに、2人きりで密室にいて、紳士でいられる自信もなかった。

 高3の夏、オレ達西浦高校野球部は、甲子園に行って、そして負けた。
 夢のような熱戦が終わったって、高校生活はまだ続く。
 夏休みも、大量の宿題と共に、あと少し残っていた。
 野球部の副主将で正捕手だったオレと、野球部のマネージャーだった三橋。引退して、そんな肩書が取れちまえば、オレ達の間柄はひどく曖昧だ。
 友達以上ではあると思うけど、「好きだ」って言ったことも、言われたこともねぇ。
 クラスも違うし、そもそも理系・文系とコースも違う。部活がなくなりゃ、簡単に疎遠になるだろう。
 ……オレはそれが怖かった。

 だから。

「おい」
 シャーペンで、目の前の茶色いふわふわボブをコツンと叩く。
 三橋は鉛筆を持つ手をピタッと止め、はじけるようにオレを見た。
 下がり眉の下、長いまつ毛に縁どられた、大きなつり目がオレを見る。
 その目を見つめて、オレはもっかい言った。
「プール、行かねぇ?」

 昼下がりの教室。開け放った窓から、いい風が吹き抜ける。
「う、ん」
 三橋は1つうなずいて、それからニカッと笑顔を見せた。ちょっと頬が赤いと思うのは、オレの願望か?
 美人じゃねーけど、スゲー可愛い。
 オレはごくりと生唾を呑んだ。


 一言でプールって言っても、色々ある。
 スポーツセンターみたいな公共プールなら、場所も分かるし近いし安いけど、でも知り合いに会う可能性も高い。
 野球部の連中には鉢合わせしたくなかった。
 せっかく2人でって誘ってんのに、ムード台無しになる可能性大だ。
 だから、ちょっと遠いし高いけど、遊園地のプールに行くことにした。

 月末だったんで小遣いは厳しかったけど、「プール行くから」つって母親に相談したら、ポチ袋に入れて軍資金くれた。
 お年玉、って書いてるアレだ。
「なんでポチ袋?」
 不思議に思ってたら、もう1つくれた。こっちは赤だ。
「三橋ちゃんと行くんでしょ、プール?」
「なっ……」

 なんで分かったんだ?
 言葉に出さなかったのに、母親はオレの心を読んだみてーに「バレバレよぉ」と笑ってる。
 そして、赤い方のポチ袋を指差し、こう言った。
「いざという時は使いなさい。いい? 置いてあるのは危ないから、使っちゃダメよ?」

「はあ?」
 意味が分からなかった。
 いざという時? 置いてあるのって?
「ほらほら、いいから。遅れるわよ」
 背中を押され、追い出されるように家を出る。「いいから」って言われたけど、やっぱ気になったから、歩きながらポチ袋を開けた。
 一つは軍資金2万……え、2万円? 多くねーか?
 けど、驚くのは早かった。問題はもう一つの赤い方だ。こっちには……。

 コンドーム、が、入ってた。

「何考えてんだ!?」
 悪態をつきながら、赤面すんのが止めらんねぇ。
 三橋と……女とデートだって分かってて、コレ持たすとか。なんだソレ? オレってそんな、がっついてるように見えんのか?
 金をこんなにくれてんのも、もしかしてホテル代込み?

 我ながら、よっぽど信用されてねーな。いや、むしろ逆なのか?
「はー……」
 深いため息をつき、首を振る。
 ポチ袋にはコンドーム3個。それをうっかり落とさねーよう、ジーンズのポケットに厳重にしまう。
「ま、使うコトはねーだろうけど」
 少なくとも、今日は。

 バス停までの道を歩きながら、オレはもう1度、大きな大きなため息をついた。


 待ち合わせ場所に早めに行くと、三橋はもう来て、オレを待ってた。
「おはようっ」
 無邪気な笑顔に、ドキッとする。
 リボンのついた麦わら帽子が、日焼けしねぇ白い肌に、よく似合ってた。
 同じ麦わら色のカゴバッグからは、浮き輪らしいのが覗いてる。
 重ね着っつーのか、白いキャミソールにパステルオレンジのインナーを合わせてて……ファッションなんかよくワカンネーけど、文句なしに可愛いと思った。

「行くか」
 思い切って、手を繋ぐ。
 デカい目をぱっちり開けて、オレを見上げる三橋の顔が、見る見るうちに真っ赤になった。
「う、ん」
 ぎくしゃくとうなずく仕草が、なんか、もう、スゲー可愛い。

 母親のくれた赤いポチ袋を使うコトは、まあ、今日中にはねーだろうけど。でも、ちゃんと「好きだ」って「付き合おう」って、それだけは絶対帰るまでに言おう。
 つないだ手を包むように握りながら、オレは、心の中でそっと誓った。

(続く)

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