小説 3
天然部下とオレ・中編
どうでもいいような観光を終え、旅館に着いた。
社長を部屋まで案内し、お茶を淹れて雑談に付き合い、最後に露天風呂まで送り届ける。
「阿部君も一緒にどうだね」
そんな社交辞令みてーな誘いを固辞し、ようやく解放されてやれやれと部屋に戻ろうとしたら……カーペットを敷き詰めた廊下で、浴衣の集団とすれ違った。
うちの課の連中だ。
きゃぁきゃぁわーわーと男女ではしゃぎ、楽しそうに笑い合って。修学旅行の中高生か!
しかも案の定、三橋まで混ざってるし!
そんなに集団行動が楽しいか? 昼間も楽しそうだったな? 女どもにボディータッチされまくりやがって。
なんで部屋でオレを待ってるとか、可愛い行動ができねーんだ?
せっかく係長権限で、オレと同部屋ツインにしてやったのに……!
じろっと睨んでやると、三橋はパアッと笑顔になって、オレに向かって手を振った。
「か、係長!」
その笑顔は文句なしに可愛かったから、オレの機嫌も多少は上向いた。
けど。
「おー、すぐ支度するから……」
ちょっと待ってろ、というオレのセリフを遮って、三橋は言った。満面の笑みで。
「お、オレ、今日、皆と一緒に寝ていい、って!」
一瞬、耳を疑った。
皆と一緒に? なんつった?
「はあ!?」
何だそれ、オレと一緒がイヤだってか?
オレが何の為に、わざわざお前と同室にしたと思ってんだ!?
我ながら凶悪な顔をしたんだろう。
三橋は「うひょっ」と変な声で息を呑み、キョドキョドとあちこちに目線を向けた。
「部屋が何だって?」
低い声で訊いてやると、三橋はぎ、ぎ、ぎ、と人形みてーに顔を背け、「うひ」と誤魔化し笑いをした。
そして。
「お、お、お、オレ、お風呂っ!」
そう言い捨てて、素晴らしいスピードで、大浴場の方に走ってった。
ムカつく。
さらにムカついたのは、風呂の後の宴会だ。
オレはやっぱり、社長の横に座って接待係で。そして、なぜか三橋の姿が宴会場に無かった。
「あれ、三橋は?」
ぼそっと言ったって、誰も答えねぇ。
当然だ、オレの周りは、人の話なんか聞かねぇ系のおっさんばかりだし。新人平社員の名前なんか、いちいち覚えちゃいねーよな。
つか、もう飲んでるし!
「阿部君、ほら、お注ぎして」
部長にそう言われたら、そうそうよそ見もできねぇ。
三橋を探せねぇ。
あいつはドコ行ったんだ?
まさか、ホントにどっかの空き部屋に連れ込まれて……。
まさかまさかと思いつつ、ジリジリしながら接待を続ける。
連れ込まれて云々って展開はないにしても、宴会場にいねー訳が分かんねぇ。
トイレか? 食い過ぎで腹こわしたか? それとも、トイレ行って迷子になったか?
なんかどれもありそうで怖ぇ。
あの茶色い頭は結構目立つし、それに、このオレが見付けらんねーんだから、やっぱ宴会場にはいないんだろう。
じゃあ、どこ行った?
「くそ、三橋……」
と、突然、オレの真横で部長が立ち上がり、マイクを握った。
「えー、ご歓談のところ、失礼します。本日は、社長の並々ならぬご厚意により……」
そんな風にいきなり始まった、上層部による司会。
社長挨拶。
そして、また部長がマイクを握って――くだらねー演説でもぶちかますのかと思ったら。
「では余興としまして、若手社員有志による、セクシーショウをご覧頂きましょう。ミュージック、スタート!」
部長の合図とともに、派手な音楽が宴会場内に、ガンガンに響いた。
その大音量にもビックリしたが、何よりビックリしたのは、横のふすまから出て来た半裸の男達だ。
「あっ」
オレは思わず声を上げた。
三橋がいた。
左右にふすまをターンと開いて。
音楽に合わせ、腰を振りながら、三橋は、そいつらは、笑顔で小さな舞台に上がる。
宴会中にどよめきが起こった。
無理もねぇ。半裸だ。スクール水着1枚だ。
男子用のだけかと思ったら、女子用のスク水着てるやつもいた。全員が……男なのに。
三橋も、男なのに。女子用のスク水を着せられて、笑顔で腰を振っている。
笑顔で!
「三橋!」
オレの声は、大音量の音楽にかき消された。
三橋はオレの方なんて見もしねぇ。
手を振って、首振って、腰振って踊ってる。
笑顔で!!
「何やってんだ! 聞いてねーぞ!!」
オレはもう1度、三橋に向かって叫んだけど……三橋は仲間と踊るのに夢中で、こっちを見ようともしなかった。
(続く)
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