小説 3
天然部下とオレ・前編 (50万打アンケ2位・社会人パロ)
※この作品は係長とオレ、係長とオレと噂話 の続編になります。
イマドキの社員旅行といえば、課ごとに集まって食事に行くくらいが一般的だ。
せいぜい張り込んだとしても、日帰りバスツアーに毛が生えた程度だろう。
そもそも、オレはこういう業務に無関係なイベントが好きじゃねぇ。
業務を休止して、さらに有給を消費してまで、わざわざ疲れに行くのもバカらしい。しかも、旅行の翌日には、1日さぼったツケってのが、きっちり自分に帰って来る。
好きでサボった訳じゃねーのに……意味がワカンネー。
だから、去年も一昨年も、オレは社員旅行に行かなかった。
けど、今年は違う。何としてもついて行かねーと。
何でって?
そりゃ、とんでもなくオッチョコチョイでマヌケで天然のバカが、部下に1人いるからだ。
そしてその上、オレがそのバカと付き合ってるからだ。
そいつはバカだから気付いてねーけど、天然ぶりが「可愛い」とか言われて、女子社員どもによくモテる。
母性本能をくすぐるタイプとでもいうんだろうか?
「可愛い」
「ほっとけな〜い」
「お世話してあげた〜い」
とか言われてちやほやされて、ちょっと目を離すと、おやつなんか貰って餌付けされそうになってたりする。
全く、気が気じゃねぇ。
気が気じゃねーっつーのに、さらに今年は業績が良かったからって、近場の温泉旅館に1泊2日で行くことになったって――課長から聞かされた時は、正直耳を疑った。
ありがた迷惑ってのは、まさにこの事だろう。
儲けを社員に還元すんなら、ボーナスに加算するとか、特別賞与を出すとか、基本給を上げるとか……色々あるだろうに。
なんで旅行!?
泊まりがけの社員旅行なんかに、あいつを1人で行かせたりしたら、一体どうなることか。
「いいものあげる」
とか言われて空き部屋に連れ込まれて襲われて、裸に剥かれて押し倒されて乗っかられたりとか……マジ、普通にありそうだ。
冗談じゃねぇ。
寝取られてたまるか。
「阿部君は今年も留守番で……」
いいかな、と訪ねる課長の言葉を遮って、オレはキッパリと宣言した。
「行きます!」
「あ……そう」
課長に少し引かれたような気もするけど、行くっつったら行くし!
あいつを……三橋を、野放しなんかには絶対しねぇ!
オレは心にそう誓い、満を持して社員旅行の日に望んだ。抜かりは少しも無いハズだった。
けど……。
「阿部君、ちょっと」
オレはそう呼ばれて、ずっと社長の付き人をやらされてる。
上層部への受けがいいってのも考えもんなんだと、今日、身に染みて分かった。
「阿部君、日陰に行こう」
「阿部君、喉が渇かんかね?」
「阿部君、あれは何だね?」
「阿部君」「阿部君」「阿部君」!
本人に向かって面とは言えねーけど、ハッキリ言ってウザい。
大体、なんで係長のオレが、社長の付き人なんだ?
こんなエライさんの相手には、それなりの役職が必要だろう。課長とか、次長とか、部長とか。そして、それなりの役職手当が必要だろう。
ちなみにわが社での係長手当は――日給1000円だ。
やってられねぇ。
しかも三橋ときたら。
「悪ぃ、社長のお供することになったから……」
そう言って、旅行中一緒に回れねぇって言うと。
「や、やった」
って。
やった、って? なんだそれ、オレと一緒じゃねーのがそんなに嬉しいか?
「ち、違、係長が、活躍するの嬉しい、から」
とか、取ってつけたように言ってたけど。
だったら、社長の付き人をやるオレの横で、オレの使いっ走りをしてくれてもいーだろう?
そしたら、邪魔者はいるけど、取り敢えず一緒に回れたのに。
なんでそんなコトを思い付かねーんだ?
なんでオレ抜きで、楽しそうなんだ?
なんで! オレの様子を1回も見に来ねーんだ!?
「ああ、阿部君、あれあったかな?」
社長に声を掛けられて、はああ、と深く息を吐く。
愛想笑いし続けんのも限界だ。
けど、オレだって営業成績がダテにいいって訳じゃねぇ。
「はい、社長、あれですね。少々お待ちください」
自社じゃなくて、取引先の社長だと思えば、自然と営業スマイルも浮かぶ。
内心は、怒りでにえくりそうだったけど。
顔には精一杯スマイルを浮かべ、なんとか初日を乗り切った。
(続く)
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